手紙をかく侍

2015-10-07 13.53.41

『春風ぞ吹く  ~代書屋五郎太参る』   宇江佐真理 著   新潮文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

季節は秋ですが、こういうタイトルの時代小説を読みました。著者宇江佐真理女史のこと、私は全く知りませんでしたが、時代小説のジャンルでは知られた作家のようですね。

 

そもそもは、先ごろよく読んでいた平岩弓枝の著作。そのある書評に「平岩弓枝が好きなら宇江佐真理も楽しめるでしょう」とあったので、お、と食指が動き、早速入手してみた次第。

 

読んでみた感想としては、その書評の意見には賛成しかねる、というのが正直なところ。両者は文体もストーリーの運びもだいぶ違います。でも、こちらもとても面白かったので、結果オーライでした。

 

本書は、江戸幕府の小普請組に属する若い侍、村椿五郎太の物語です。小普請組とはすなわち、役職のない無役のこと。職禄がなく、家禄だけで慎ましく生活する侍を、こう呼ぶのだそうです。

 

五郎太はなんとかして御番入り(ごばんいり:役職に就くこと)を果たしたく、それには難しい試験に受からなければならない。そのための勉強をしながら、一方で生活のために「代書屋」の内職をしている、そんな小市民的侍の物語なのです。

 

代書屋とは、手紙を代筆する仕事。江戸時代、まだまだ文字を書けない人が多くいたのですね。そういう職業そのものが興味深いし、タイトルからそれを感じとったことが、そもそも本書を選んだ理由でもありました。

 

手紙とは、自分の気持ちを相手に向けて書き綴るものです。それを他人に書いてもらう、というのは本来少し変なのですが、しかし当時はそうするしかない。その「気持ちを届ける文」を代筆するという内職から、五郎太が依頼主の人間関係に巻き込まれていくことになるのだろう、と。

 

私の読みは当たっていました。しかし、それに加えて、彼が目指す「学問吟味」という試験のこと、そしてその合格が婚儀の条件になっている、幼なじみとの間の恋。そうした設定がうまく出来ていて、彼の廻りに起こる物語の魅力を増しています。

 

平岩弓枝の少し硬い文体よりも、本書はぐっと読みやすい。手紙から始まる色々な騒動についても、どこかほのぼのと描かれています。全5話、あまり気負わず、微笑ましい気分での読了でした。

 

ただし、時代考証的な部分、学問吟味などについての往時の資料の読み込みなどは、かなり綿密におこなわれている様子。その裏付けが、きっと本書のほのぼのとした雰囲気にきちんとした骨を通しているように感じますね。

 

なお、本書のタイトルは以下の狂歌から採られています。

早蕨(さわらび)の にぎりこぶしをふりあげて 山の横つら 春風ぞ吹く

 

蕨の若芽を、その形から擬人化して春の情景を詠ったものですね。この狂歌の作者が最終話に登場することも、この物語に更にもうひとつ重みを付け加えているよう。

 

手紙をかくことから、五郎太が触れることになったのは、依頼主の人間関係、そして人の心です。若い彼が感じたこと、成したことに、まさに春風のような、ふわっと心地よい読後感が得られた一冊でした。


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