かどのまどから

2015-10-29 16.33.27

〈遠く眺めを望みながらお茶の時間。このひとときのために家の構造が考えぬかれています。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は京都での展覧会のことを書きましたが、その後は芦屋の事務所に戻って、そこからお客さまのお宅へお邪魔しました。冒頭の写真がそれ、西宮の目神山というところに建つ、築15年の木想家です。

 

今回のご相談は、15年経って傷みが目立ってきた、外部デッキの板の張替えのお話でした。この写真にも写っていますが、築15年にしてはよく頑張っているほう。しかし流石にそろそろ替えどきの板がちらほら出てきています。

 

その件は見積りをお出しすることにして、その後少し、この家の一番いい場所で、ゆっくりとお茶をいただきました。家の南の角から遠くの眺望が臨める、ダイニングテーブルで。

 

写真ではよく見えませんが、目神山というのはかなり山の上というか、高いところにあります。そこからの眺めは、街を越えて遠く海へと広がり、心地いいことこの上もありません。

 

家の角度がだいぶ南から西へと降っているので、角の部分が南となったこの部屋。その眺望を最大限に取り込むため、角の両側ともが大きな掃出窓になっています。それがこの開放感の秘訣なんですね。

 

建物の角が開口部というのは、構造面で言えば、最高の答えとは言い難いところです。建物の揺れに対して踏ん張る、壁であるほうが強度の点ではよいに決まっています。

 

しかし、それではこの「抜け」の感覚がまったくない家になってしまう。それではこの場所に住む意味が無いと言ってもいいほどに、それは暮らしの豊かさを左右する大きなファクターだった。

 

ですから、この「角の窓」を再優先にして、それ以外の部分で構造上のバランスをとるように建物の間取りと壁の位置が考えられています。ちなみに、2階のこの場所も、まったく同じ「角の窓」。上の階はバルコニーデッキとつながって、さらに凄い眺望なんですよ。

 

家のどこに窓をあけるのか。それは「外界から何を取り込むか」を考えることに他なりません。それは、日光であったり、風であったり、眺めであったりします。

 

逆に、窓でなく壁にする場所は「何を取り込まないか」ということですね。それは、あまり見たくない景色や、近隣の視線、といったもの。取り込むもの、取り込まないものをコントロールすることが、窓の役割です。

 

あくまでも、暮らしに何を取り込むかが優先であるべき。それを満足するために、間取りを整え、構造をかたちづくっていく。その順序で考えなければ、開かれた家、広がりある家はできません。

 

この木想家の角にある窓は、その順序に素直であり、その効果は何ものにも代え難い素晴らしさです。久しぶりにこの場所に立って、そうした暮らしを考えるための優先順位の大切さを、改めて想い出した気がした時間でした。


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