寂寥の江戸人

2015-11-07 13.48.04

『寂しい写楽』   宇江佐真理 著   小学館文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

ひょんなことから知った宇江佐真理女史。その時代小説群から、アンテナに引っかかったものを次々と読んでいます。その作品の中に「写楽」の文字を見つけ、速攻でゲットした次第。

 

昨年3月に「江戸のプロデューサー」と題して、このブログに江戸中期の版元・蔦屋重三郎の評伝を採り上げて書きました。己の出版物を通して、戯作者や絵師たち、数多の才能を世に出した人物です。

 

その敏腕プロデューサー「蔦重」が、自らの版元生命を賭けて出したのが、東洲斎写楽の「大首絵」でした。本書は、その大首絵の出版にからんだ人間模様を描いた長編小説なのですね。

 

その登場人物が凄い。蔦屋重三郎をはじめ、伝蔵(山東京伝)、幾五郎(後の十返舎一九)、そして鉄蔵(後の葛飾北斎)、倉蔵(滝沢馬琴)と錚々たるメンバーです。

 

本名で登場する面々は、後世の我々から見た偉大な作家、画家の姿ではなく、まさに生身の人間として、「写楽」を巡るドラマに巻き込まれていく。蔦屋が見つけてきた謎の絵師の、今まで見たこともない「大首絵」の助っ人として。

 

21世紀のいま、写楽の役者絵は重要文化財になっています。海外からも非常に高い評価を受けていますが、しかしそれは今の話。当時の評価は、いわばブロマイドである役者絵の常識を無視した「趣味の悪い露骨な絵」だったのです。

 

そしてその出版は、うまくいかなかった。興行的に失敗に終わったその仕事のもたらしたもの、巻き込まれて一時の夢を見た登場人物たちの姿を、作者は「寂しい」と題したのでしょう。

 

「写楽」騒動のそうした影の部分を、史実を元にして描いた小説というものに、私は初めて出会いました。先述の蔦屋重三郎評伝とはまた違った描き方で、より多角的に写楽の時代を楽しめたように思います。

 

そしてまた、先月読んだ「春風ぞ吹く」とは全く違った宇江佐流の筆致に、江戸の暮らしの表と裏を垣間見たような気分にも。そうした作者の力量にも大いに感心。

 

写楽の「謎」は、現代の我々だけでなく、当時その場に居合わせた絵師や戯作者たちにも色んな波風を立てたようです。それぞれに過去を背負い、意地を張って、そして哀しく生きる者たちが、一時集った「謎」という夢。そしてそれが虚しく去ったあとの各々の道行。

 

あるいは本書は、写楽の絵を核としつつ、江戸での渡世の寂しさを描いたもの、だと言えるのかもしれません。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です