捧げられたもの

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『黄金のアデーレ(原題:WOMAN IN GOLD)』   サイモン・カーティス監督   ギャガ

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

とても気になっていた映画、夜に観に行ってきました。私もとても好きな名画を題材にした作品ということで、封切前から狙っていたもの。空いていた日に予約を入れたら、妙に値段が安くて驚きましたが、よく考えたら「映画の日」だったんですね(笑)。

 

本作は、グスタフ・クリムトの名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」を巡る実話を描いたものです。冒頭の写真は、映画ではほんの一瞬しか見られなかった、その制作風景ですね。この絵のモデルであるアデーレの姪が、この物語の主人公です。

 

主人公マリア・アルトマンが、オーストリアの至宝とも言うべきこの絵画を、自分の元に取り戻すべく弁護士とともに奮闘する、というストーリー。国家を相手取ってその所有権を主張し戦うというところが、映画としての主軸になっています。

 

82歳のマリアと若い弁護士とのタッグによるその戦いの物語は是非劇場で楽しんでいただければ、と思いますが、そこで観るものに痛切に迫るもうひとつのテーマは、ナチズムという大きな時代の流れがもたらした芸術への暴挙です。

 

現代の私たちにとって絵画とは「アート」であって、美術館にあり、特定の個人のものではない、という感覚が普通になっています。しかし、古来絵画はある個人、あるいはある場所のために描かれてきたことの方がずっと多い。

 

そんな「個人蔵」の芸術を強奪するという、ナチス統治下での愚行によって、自分たち家族の大切なものを失った方々がたくさんおられたんですね。マリアもその一人であり、奪われた自分たちの絵が結果的に世界的名画になった、というだけのこと。

 

ですから、彼女がオーストリア政府に要求したのは、至極簡単な話。「私たちの想い出を返してください」それだけなのです。本来の持ち主にとっての絵画とは芸術である以上に、想い出である。私はそのことに胸を衝かれた気がしました。

 

しかし、この要求そのものが、マリアにつらい過去を甦らせる。その苦しみ、痛み。そしてそんな戦いの中から、過去と正面から向き合う勇気を掴みとる彼女の姿にも、強く打たれます。ここは女優ヘレン・ミレンに惜しみない拍手を送りたいところですね。

 

私もものづくりの志事をしていますが、誰のためにこれをつくり、そのつくることに己の今を注ぎこむのかが、家づくりでは非常にわかりやすいです。しかし、芸術といわれる絵画や彫刻などでも、捧げる対象があるものとないものがある。

 

本作は、ドラマとしてもとても興味深く観ることができましたが、「誰のために」「誰のもの」という芸術の深いテーマも感じとれました。さらに言うなら、「捧げられたもの」として芸術に宿るものを含めてその価値を味わうということも、改めて教えてもらった気がします。

 

画家は、モデルや依頼主にその絵を捧げつつ、自分の中にある神にもそれを捧げるのでしょう。アデーレの絵がマリアの元に戻った時、亡きクリムトがどう思ったか。それも気になるところです。


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