ひむかの親と子

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〈年始にはあちこちで起きる行列に、この地の人のあり方を見た気がしました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり、暮らしのプロデューサー、山口です。

 

宮崎での新年二日目。昨日は奥さんの実家から歩いていける一ツ葉稲荷へ、そして今日は、伊邪那岐と伊邪那美を祀る江田神社へ、それぞれお詣りしてきました。

 

そして実家の近くには、大きなAEONがあるので、そこでの初売りに末っ子のお供にいったりも。新年早々、私としてはあまり得意でない人混みの中の時間が続いています。

 

神社でも店舗でも、たくさんの人がいて、長い行列が出来ている。でも、ここでは私が見知っている行列とは、ちょっと違う雰囲気が漂っているように感じるんです。

 

AEONから出て奥さんと話していて、やはり奥さんも同じことに気付いていました。そうやんな、と話したそれは、「子どもに向かって怒る人、大声をあげる人がいない」ということでした。

 

もちろん子どもというのは悪さをするもので、それはどこでも同じだと思います。でも、そのことへの対応が、なんだか丸くて穏やか。そんな感じがするんですね。

 

神社で神様に手をあわせる前にはあたり前かもしれませんが、でもそんな場でも、大阪などではきつい物言いを子どもにしている親御さんもいるように私には感じられますので。

 

ましてや商業施設のレジ待ちが、あんなに平和な穏やかな雰囲気であることに、とても感心した次第。

 

「日向時間」という言葉もあるように、宮崎の人たちはゆったりのんびりしている、と言われたりします。確かにそれは私も感じますが、それ以上に感じるのは「人好き」とか「親しみ」とか「愛情深さ」いう感覚です。

 

皆がそうかはわかりませんが、私がこちらでふれあった方々はみな、他者への愛、特に小さな子どもたちへの愛情が深い。その地域性が、AEONの行列にも垣間見えたのかな、と思えました。

 

そしてもうひとつ、新年早々に知った事実が。それは、宮崎では学校給食の食材が100%県内生産だ、ということでした。それにも奥さんと二人、かなり驚いていたんです。

 

自分の年齢は置いておいて、素直に「こんなところで子育てできたらいいな」と思いました。そしてそれが実現しているという事実の一端には、宮崎の人々が子どもたちに注ぐ愛情がある、そう信じられるニュースでした。

 

親と子のあり方というのは、本来愛深きものでしょう。大人と子どものあり方とはそもそも、未来を託す人たちに「真善美」や「人の絆」を伝えることでしょう。でも今、それは残念ながら壊れつつある。

 

そういうことを日々の生活で感じている私には、第2の故郷である宮崎に滞在する時間は、そんな「あたり前」を再発見することでもあります。年の初めにまたそんな感覚を夫婦で共有できたのは、とても嬉しい出来事でした。


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