スペシャルティということ

2016-01-05 10.04.18

〈美味しいコーヒーをいただきながら、特殊性ということを考えさせられました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はちょっと古民家風のインテリアから。ここは、年始早々に行った喫茶店「ヒロコーヒー小野原店」の、カウンターから見た光景です。向こうにお庭も見え、ちょっとした床の間のようなものもあって、なかなか気持ちがいい。

 

ヒロコーヒーと言えば、「スペシャルティコーヒー」にこだわっているお店です。でも、そのスペシャルティコーヒーとは何か、私もよく知りません。そんなことを思いながらコーヒーを頼んだら、カウンターの上に額に目が留まりました。

 

表彰状かな、と思ってよく見たら、これは「コーヒーマイスター」の認定証でした。「日本スペシャルティコーヒー協会」による認定とあります。あ、そういう協会があるんだと知って、俄然興味が湧いてきました。

 

一般社団法人・日本スペシャルティコーヒー協会は、1987年に発足。当初の名称は「全日本グルメコーヒー協会」だったそうですが、1999年に日本で開かれた「世界スペシャルティコーヒー会議」を契機に現在の名称に改められたそうです。

 

協会WEBサイトには、「スペシャルティコーヒーの定義」も載っていました。少し長いので、一部を引用しましょう。

(前略)手に持つカップの中のコーヒーの液体の風味が素晴らしい美味しさであり、消費者が美味しいと評価して満足するコーヒーであること。

(中略)カップの中の風味が素晴らしい美味しさであるためには、コーヒーの豆(種子)からカップまでの総ての段階に於いて一貫した体制・工程で品質管理が徹底している事が必須である。(From Seed to Cup)

具体的には、生産国においての栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理が適正になされ、(中略)さらに、適切な抽出がなされ、カップに生産地の特徴的な素晴らしい風味特性が表現されることが求められる。(後略)

 

そして協会の考えとして、サスティナビリティとトレーサビリティが重要、とも謳われています。これを読んで、やはり私は自分の志事である木造住宅のことを連想しました。同じやなあ、と。

 

いま、コーヒーに限らず、食品のトレーサビリティ(追跡可能性)の重要性が広く提唱されるようになってきていますね。要するに「出処(でどこ)のはっきりしたものを食べる」ということ。

 

木の家も、生きている樹木を伐って「材木」にし、それを素材として家をつくるので、その点では食品と同様の考え方が成り立ちます。すなわち、出自と流通、中間処理についてはっきりと追跡できる素材であるべき、ということ。そしてもうひとつのサスティナビリティ(持続可能性)も同様です。

 

掲載された定義を読み、そうした思想が色んな「自然の恵み」の世界に広がることを善しと感じる一方で、それを「スペシャルティ」と呼び、わざわざ「マイスター」を認定して差別化する、そうした現状そのものへの疑問もまた感じたのです。本来そっちが普通ちゃうの、と。

 

コーヒーとは事情が違いますが、では、KJWORKSがつくる阿蘇小国の杉を使った木の家は「スペシャルティ木造」か。ちっともそんなことはなくて、日本人がずっと昔からやってきたこと、その延長線上にある「普通のこと」なんです。でもそれが「特殊なマイノリティ」になる、この世界の今。

 

自然との人とのあり様において、本来の普通が「スペシャルティ」になる本末転倒さにこそ、気づくべし。そんな辛口な気持ちで飲んだコーヒーは美味しくて、でも、舌で感じる以上に苦い味でした。


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