繰りかえさないこと

2016-01-17 09.38.06

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は1月17日。毎月7のつく日は「書評ブログ」にしているのですが、今回は一日前倒ししました。今日だけは、他のことは書けません。

 

あの日から21年。震災の犠牲になった方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。

 

今日の早朝、私の家のセコムの警報が鳴りました。びっくりして飛び起きて、咄嗟に私がしたのは、横に立っている本棚に手を当てたこと。昨日から、「明日は17日やなあ」と思っていたからでしょうか。

 

早く家を出る息子がセコムを解除せずに玄関ドアを開けたから、だったのでホッとしましたが、飛び起きた時間もちょうど5時半。そこからいつものように、地震のあった時間に手を合わせ、黙祷をしました。

 

大阪府民の私でも、揺れで飛び起きて、思わず横にあったタンスを押さえた記憶はずっとなくなりません。阪神間に住んでおられた方のお気持ちはいかばかりかと、ただ想うばかりです。

 

今日、ニュースなどでよく言われているのは、追悼行事の数が去年の半数近くになった、ということ。神戸市では震災をしらない世代が人口の4割ほどにもなる、とも報じられていました。

 

追悼の気持ちはいつまでもなくなることはありませんが、しかし世代が移れば、震災の恐ろしさを肌身で感じている人が少なくなるのは仕方のないこと。でも、それに備えるという知恵は受け継いでいけるものだと思います。

 

「地震に備える」という趣旨の、被災された方からの教えが書かれたサイトも色々ありますが、とにかく「家具を固定せよ」がまず一番にきます。それだけ、家具が元で命を失った方が多いということ。

 

私は家づくりを志事にしています。家は、外界から人を守るシェルターであることがまず第一義。暑さ寒さだけでなく、災害についても。そしてそこにある家具も、その機能の一部であるべきですね。

 

冒頭の写真は、KJWORKS阪神事務所の造付本棚です。普段私は、造付家具の良さを、すっきりしますよ、とか、家と調和しますよ、とか言いますが、本当に大切なことはそうではなく、シェルターであるべき家に固定され一体化したものである、ということだと思います。

 

21年前に多くの方々を犠牲にしてしまった「建築物」を生業にするものとして、もうそれを繰り返さないような建物をつくる。家そのものも、そこにある収納家具も。

 

その想いを、毎年1月17日にはまた新たにします。己の会社のアピールどうこうではなく、命に関わるモノをつくっている一人の人間の、素直な気持ちとして。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です