歴史は生きている

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『日本の歴史をよみなおす(全)』   網野善彦 著   ちくま学芸文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昔、30歳くらいの頃、網野善彦の『無縁・苦界・楽』という本を読みました。しかし、当時の私にはとても難解で、そこで語られていた著者の歴史観がすんなり頭に入ってこず、読みきれずに挫折してしまった一冊でした。

 

そして、50歳に近づいた今、時代小説を多く読むようになり、その愉しさからまた歴史の学術書にも挑んでみようかな、という気分になってきたんです。そんなところへ本書のある書評を読み、迷わず入手した次第。

 

迷わずというのは、この本が講義録であり、口語体である、ということが書いてあったからです。それなら読みやすく、歴史に疎い私でも頭に入ってくるのではないか、という想いでした。

 

読んでみて、その目論見は正しかったようです。ですます調の口語体で書かれた文章は読みやすく、なおかつ著者の感情がより伝わるようです。そして、その中身たるや、もうびっくり仰天としか言いようのない面白さ。

 

著者は中世史の専門家です。本書の刊行は1991年で、単行本として正、続の二冊があり、それを文庫化にあたって一冊にまとめ、「全」と題したものです。しかし、刊行から25年経った2016年に私が読んでも、非常にエキサイティングなんです。

 

思うに、人には小学校から高校あたりで習った「歴史」が、深く刷り込まれているんですね。その後発見された新事実によって、歴史というのは変わっていく、というか、本来のものに軌道修正されていく。でもその成果は、興味をもってアクセスしなければ、得ることはありませんから。

 

本書を読んで私がもっとも衝撃を受けたのは、「『百姓』とは『農民』とイコールではない」ということ。そこから敷衍して、古来この日本という国は農業中心の社会であったというイメージは、実は単なる思い込みにすぎない、という話です。

 

中世、農業に従事する民は無論いました。しかし当時、地域によっては農民以上に漁師や職人のほうがずっと多く、またそちらの方が民が潤っていたりする。そうしたことが、遺る古文書を読み込むことでようやくわかってきたんですね。

 

そして、今より海が内陸まで入り込んでいた当時、海や川が日本の各地をつなぐメインの交通であり、今までわかっていたよりずっと昔から、「銭」が出来るよりずっと前から、この国は「商い」が活発に動いている国だった、ということも。

 

そうしたことが、現在の学生に教えられているのかはわかりません。まだ学界でも異端なのか、現在は主流の理論なのか、それもわかりません。でも、私にはそうした歴史観は全くなかったので、とても面白い。知的興奮とはこういうことを言うのでしょう。

 

歴史とは、まさに生きているんですね。その時代のことを完全に後世の人間が理解することは出来ませんが、新たな発見があるたびに、後世から見たその時代の世界は、まるで成長するかのように、その姿を変える。

 

25年前の本でこの驚きですから、現在の歴史学では一体、どんなことがわかってきているんだろう。そうした成果も、おカタい学術書や教科書のようなものでなく、こうした著作で読みたい。そう心から思いました。

 

そうした「生きた歴史学」への招待として、皆さんにも、是非ともおすすめしたい一冊です。


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