米喰ふ人びと

2016-02-19

〈土鍋で炊いた白いご飯。年々こうした日本人のスタンダードに回帰していく気がします。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。今日はまた食べものの話、しばしおつきあい賜りますよう。

 

KJWORKS阪神「木の空間」で昼食をとるとき、創作パスタで「事務所ごはん」をつくったりしていますが、最近ちょっとパスタの頻度が下がり気味。というのは、ご飯を食べているからです。

 

私はパスタも好きですが、白いご飯が大好きです。もし人生に「最後の晩餐」というものがあるならば、それは愛する人が握ってくれた「おにぎり」であろうと思っているような人間です。

 

最近は炭水化物を摂らないダイエットというのがよく言われているようで、米のご飯は肩身が狭いですね。私も一時はそういうことを気にしたりしていましたが、今は「それは違うのでは」と思っています。

 

「日本人の命の源たる米を食わずして、何がダイエットか。」リンボウ先生こと林望氏の著書にもこういった意味のことが書いてあって、私は我が意を得たりとうなずき、吹っ切れたような気がしたものでした。

 

最近江戸関連の本をよく読みますが、日本人はながく「高炭水化物、低糖、低脂肪」の食事を続けてきて、本来そういう消化器官と代謝構造になっている筈。戦後、「米も喰う、肉も喰う、甘いものも」となって、栄養価が高すぎるんですね、きっと。

 

てなことで冒頭の写真は、また今日も炊いた白いご飯。「長谷園(ながたにえん) かまどさん」というご飯炊き用土鍋で炊くと、とても美味しい。これを握り飯にして食べるという昼食は、パスタとはまた違った至福の時間です(笑)。

 

本当は玄米が栄養価も高くていい、と思うのですが、上手に美味しく炊くことがとても難しい。しかし最近「米油を入れて炊く」というのを覚えて、やっています。写真にも米油のボトルが写っていますね。

 

「玄米の種皮、果皮、胚芽の栄養を活かした植物性油です。」と書いてあり、これを少し入れて炊くと、玄米を食べるのに白米で近づくことが出来るとか。実際どうなのかはよくわかりませんが、入れても味は変わりません。美味しく食べられて栄養補給が高まるならいいか、と。

 

なんだかお米賛歌のようになってきましたが、ここ何年か、とみにこうした「日本人本来のもの」が気になるようになってきました。同じ米から出来る日本酒もそうですが、その酒や醤油、味噌などの発酵食品、大豆から出来るさまざまな加工食品なども。

 

それは年齢もあるでしょうが、私だけでなく世間一般的にも、そんな「日本人の暮らしを見直す」という風潮が、徐々に広がりをみせつつあることを感じますね。着物などもそうだと思います。そして私が志事にしている木の家も。

 

IT全盛のこの時代、しかしそれらは相反するものではない筈。温故知新の心をもって古の先人たちから受け継ぎ、いまに揃えて整えていく暮らしのあり方は、皆が意識しておくべきものだと強く想うのです。

 

まあ、毎食そうした崇高な思いで米のご飯を食べているわけではないんですが。でも、炊きたての米のご飯を食べるという幸せは、やっぱり日本人としてちゃんと子どもたちに伝えてあげたい「宝」だと、そう信じるものです。


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