才人の肖像

2016-02-27

『伊丹十三の本』   「考える人」編集部 編   新潮社

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨年12月の書評ブログで、久しぶりに読んだ筒井康隆の作品を採り上げました。その時に「私がその作品を最も多く読んできた作家」とか、20代の私は「ツツイスト」だった、などと書いたんです。

 

そして今日は、筒井康隆と並んで私の人格に非常に大きな影響を与えた人物についての本を採り上げましょう。さて、伊丹十三と言えば、皆さんにとっては何をする人ですか?

 

おそらく「映画監督」とお答えになる方が多いと思います。『マルサの女』をはじめとしたその独特な描き方の映画は、私も好きです。また、ちょっとご年配の方ならば、「俳優」もあるでしょう。大河ドラマ『峠の群像』での吉良上野介、『家族ゲーム』の父親役などは印象深かったですね。

 

しかし、若いころの私が大きく影響を受けたのは、そのどちらでもなく、エッセイストとしての伊丹十三でした。『女たちよ!』、『ヨーロッパ退屈日記』、『小説より奇なり』、『日本世間話体系』、などなど、もう貪るように何度も読み返したものです。

 

その独特の語り口、洒落た文体、そして極めつけはインタビューを起こした口語会話文の輝き。書かれている内容も、まさに氏ならではの目線で世の中から切り取られた、氏のこだわりが凝縮したものばかり。

 

とにかく、非常に憧れました。私が書く文章も、真似はとても出来ませんが、かなり氏のエッセイからの影響を受けています。そして、モノへの好み、学問への志向も、多分に。

 

筒井作品から「既成概念を疑う」ということを学んだ、と先のブログに書いたのですが、それと比べて言うならば、伊丹作品から学んだものは「正統派をいく」ということだと思ったりします。

 

エッセイに端を発して、そこから精神分析についての対談集、フランス料理をつくって食べながら学者たちとおこなう対談集、映画が出ればその撮影日記、そして翻訳書など、出ているほぼ全ての著書を読んでいますね。

 

そんな一連の著書のあと、没後に出た本書は氏の作品ではなく、伊丹十三に関わりある人たちの声や、在りし日の愛用品、未収録のエッセイ、デザイナーとしての作品などを収録した一冊。まさに「伊丹十三の本」になっています。

 

こればかりは、伊丹十三に興味がもてない人には何の面白みもない本です。でも、エッセイであれ映画であれ、氏の作品に面白さを感じた人ならば、きっとすぐに惹き込まれ、そしてあっと驚くことでしょう。

 

なにに驚くか。それは、氏の多彩な姿にです。エッセイだけではない、映画だけではない、イラストだけではない、レタリングだけではない、料理だけではない、精神分析学だけではない、音楽だけではない、その才人の肖像に。

 

今日は何だか一ファンの心情を吐露しただけのようになってしまいました。しかしこれは、最近そのエッセイをまた読み返して、全く色褪せていないことに再び驚いた私から、まだ伊丹十三の別の面を知らない皆さんへ宛てた招待状のようなもの、そうご理解くださいませ。


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