学び舎のうた

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〈末っ子の卒業式で、自分と彼女を重ね合わせての想いがよぎる時間でした。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり 暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はうちの末っ子の卒業式でした。インフルエンザが治りきってない奥さんに代わって、大学生の長女とともに、家からすぐのところにある小学校へと出席してきました。

 

前にもここに書きましたが、私の家は実家から徒歩圏内なので、私の子供たちは3人とも、昔私が卒業した小学校へ通っていたんです。私はかれらの大先輩というわけですね。

 

長女の入学から、長男、次女と、13年間お世話になった小学校。でも、実は卒業式に行くのは初めてです。運動会は3人の分、何度も経験あるのですが。上二人の卒業式はどちらも志事でしたから。

 

今日の冒頭の写真は、今日の卒業式の式次第。その裏面に校歌の歌詞が書かれています。そして昨夜、本当に久しぶりに、しげしげと眺めていたんです。詩人・安西冬衛の手になる、この歌詞を。

 

茅渟の海 波さわやかに帆立貝
風あたらしくよぶ窓に 智恵の白珠磨こうよ
われらは東浅香山 ひかり清しい小学生

 

永く歌っていなくても、メロディは勝手に出てきます。小学校6年間で、私の中にもこの歌が刷り込まれていたんですね。でも、当時はこのように味わいつつ文字を追う、ということはありませんでした。

 

いま改めてその歌詞を読み、歌詞にもある通りの清々しさ、耳元に爽やかな風が吹くような感覚でした。そしてそのことに自分で驚き、なにやら深く感動してしまった次第。

 

安西冬衛がどのような想いでこの詩を書いたのかはわかりません。でも、字面も美しく、読んで語感がいいし、メロディもぴたりと合っていて心地よい。考えてみればこれは、自分が親としてまた改めてこの歌に接したからこそ感じられた、稀有な体験ですよね。

 

37年の時を超えて、私のなかに蓄えられていた歌と、その詩のもつチカラ、そして娘の歌声が共鳴するような、そんな響きを覚えたのでした。

 

もちろん、娘もあまり深く考えることなく、今日この学び舎の歌を歌っていたことでしょう。そう、かつての私のように。

 

私はその姿を自分と重ね合わせて、また胸にじんと染みるものを感じたんです。そして思いました。

貴方も、また大人になってこの歌にふれることがあったらいいね。そうしたらきっとわかるから、と。


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