坂道の場面

2016-03-17

『木の都』   織田作之助 作   青空文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

先日ご紹介した「青空文庫」収録の一編、さっそく読んでみました。短編小説ですから、さほど時間をかけず読了。なるほど、電子書籍だと「本一冊分の文章の量」も関係ないから、作品一編ずつで発行できるんですね。

 

前回の書籍紹介ブログ「名前から時間旅行」で採り上げた『大阪 地名の由来を歩く』という本で紹介されていたのがこの作品。きっと読むと歩いてみたくなる話だろう、と見当をつけて読んだら、まさにそのとおりでした。

 

青空文庫になっているくらいだから、本文引用も問題ないでしょう。タイトルの由来は冒頭に表れます。こんな感じ。

 

大阪は木のない都だといはれてゐるが、しかし私の幼時の記憶は不思議に木と結びついてゐる。それは生国魂(いくたま)神社の境内の、巳さんが棲んでゐるといはれて怖くて近寄れなかつた樟(くす)の老木であつたり、北向八幡の境内の蓮池に落(はま)つた時に濡れた着物を干した銀杏の木であつたり、中寺町のお寺の境内の蝉の色を隠した松の老木であつたり、源聖寺坂(げんしやうじざか)や口繩坂(くちなはざか)を緑の色で覆うてゐた木々であつたり――私はけつして木のない都で育つたわけではなかつた。大阪はすくなくとも私にとつては木のない都ではなかつたのである。

 

本作は、昭和19年の発表。戦時下に書かれたものです。そこに描かれているのは、上町・夕陽丘・下寺町あたりの風景。著者本人の言葉によれば「一見私小説でありながら全部空想の小説」だそうです。

 

オダサクのことをあまり知らない私には、読んでみてそれはわかりませんでした。しかしその描写は、その風景をよく知っているものの筆だと感じました。本作はいわば、著者の回想する情景の中で展開される物語、だと言えるでしょう。

 

本作を「淡い水彩画風のスケッチ」を評した有名な書評があるそうです。それは読んでいませんが、たしかに風景描写、そして木に関係した描写も物語の中に織り込まれていて、それも楽しめます。

 

先述の『大阪 地名の由来を歩く』では、上町台地の西側にある「天王寺七坂」という、歴史ある七つの坂道の紹介の項で、この作品が紹介されたのでした。本作の舞台はそのひとつ「口縄坂」です。

 

口縄坂を上がったところにあるレコード店の主人と「私」がかかわる物語は、情景を描写するように淡々と書かれています。戦時下の大阪庶民の悲哀、戦争に翻弄されるその家族の暮らしが、淡々と描かれるがゆえに余計、読むものに伝わるような気がしました。

 

そして物語の随所にさらりと出てくる、坂の場面。それは季節を追って、家族の変化と対になって語られているようです。やはりここが舞台でないといけない物語なんだな、と感じた次第。

 

読んで、やっぱり口縄坂に行ってみたくなります。出来ればまず一度読んで、そして天王寺七坂あたりを散策してみて、そして当時に想いを馳せながら、もう一度読む。そんな感じでオダサクの世界を味わってみたい、そんな一作です。


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