名付けの日本史

2016-03-27

『地名から歴史を読む方法 ~地名の由来に秘められた意外な日本史』  武光誠 著  KAWADE夢新書

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

「地名」シリーズの読書、三冊目です。大阪篇、兵庫篇と読んで、それら難読地名の意味や、意外な由来をもつ地名のことについて、更に興味が湧いてきました。そこで今度は、もう少し視点を変えた一冊を入手。

 

本書では「地域」ではなく「歴史」という時間軸がキーワードになっています。地名の成り立ち、どのようにしてその地名が付いたのか、ということにも、もちろん古い新しいがある。全国の事例を挙げながら、それらを紐解いていこうという試み。

 

まえがきの題に「多様な地名からこの国の成り立ちが浮かび上がる」とあります。まさに地名の由来、そしてその変化の仕方とは、その場所がどのように歴史という大河の中で浮き沈みしてきたのか、その証でもあるんですね。そんな時間軸を見据えての地名論は、まず明治維新という転換点からスタートです。

 

ここに「明治4年の府県」という日本地図が挿画としてあるのですが、これがとても興味深い。柏崎県、伊万里県、深津県などがあって今とはずいぶん違う。廃藩置県の時点では300の府県があり、20年ほどかけて現在に近いものへ統合されたといいますから、めまぐるしく変わる地名に、住んでいる人はさぞや大変だったでしょう。

 

明治政府がそうした「都道府県」というものをつくってきた苦労から、それ以前にあった「国」「藩」というものへと話は移ります。「大和国(やまとのくに)」や「播磨国(はりまのくに)」といった「国」はその期限を大化の改新(645年)にもつとあって、ここでまた唸ってしまいました。

 

今でも「紀州の梅」とか「甲州のぶどう」とか「石州瓦(せきしゅうがわら)」とか、普通に言いますよね。紀伊国、甲斐国、石見国といったこの旧国名は、1400年近くも続いているんだ。永く永く日本人のDNAに刻みつけられているから、そう簡単には消えないんだな、と。

 

そうした「大きな地名」を追う歴史の旅は、身近なところを入口にして今度は原始時代へ一気にジャンプ。そしてそこから大和朝廷の時代(古代)、武家社会(中世)、幕藩体制(近世)へと戻ってきながら、各時代それぞれの、社会のあり方と小さな地名誕生との関わりが描かれる。いや、実にエキサイティングです。

 

とても全てをご紹介は出来ませんが、私の目から鱗が落ちた話をひとつだけ。原始時代に生まれた地名は、ほとんどが「地形」を表したものであり、例えば山と山との合間には「谷」とか「沢」という名を付けた地名が多くなる。

 

それが、東日本では「谷」、西日本では「沢」が多く、富山県と長野県の県境がその地名の境界でもあるそう。それゆえ、「谷」は縄文人が使っていた言葉、「沢」は弥生人が大陸からもちこんだ言葉だろう、というのです。

 

地名分布から、そんな言語学的起源のことまでわかるんだ!大いに驚きつつも、私はここでなんだか、自分の興味というか、己を魅了するものがひとつの環になったのを感じたのでした。

 

時代小説を好むようになったこと、日本語「大和言葉」が好きであること、そしてこの地名と言語の歴史的関連のこと。木の家という伝統ある建築に携わっていることも、志事を通じて街と地名に関わっていることも。ああ、こんな風につながってるのか、なんて。

 

本書は、地名という「名前」と、この国の自然、社会、言葉、人間の移り変わりとが不可分のものであることを示しています。そんな「名付け」を追った日本史、私と志向が重なる方には特にお薦めできる一冊です。


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