あたらしい幸せ

2016-03-29

〈ご飯をつくる、食べてもらう。つくってもらう、美味しく食べる。暮らしのなかの歓びですね。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はまた身内の話でお茶を濁させていただきます。でも、私にはとても大事なことなので、忘れないようここに書いておきたくて。

 

昨夜、会議と打合せを終えて午後九時頃に帰宅しました。晩ご飯はもう皆済ませていて、奥さんが私の分を用意してくれたのですが、あれ、どうもいつもの料理と違った感じ。

 

「豆腐ハンバーグだって。今日は全部、お姉ちゃんがつくってくれたんよ」と、奥さんもなんだか嬉しそう。へえ、そうなんや。というのは、大学一年の長女が五人家族全員分の晩ご飯を担当してくれたのは、初めてだから。

 

今までも、朝ご飯や休日のお昼ご飯などに、「ダイエット食」と称して自分の分をつくったりしていたので、出来ない子じゃないとは思っていました。今日は急に、ずっと家にいるから自分がつくる、と奥さんに宣言して拵えてくれたそうです。

 

豆腐ハンバーグと付け合せ、肉じゃが、アボカドのサラダ、お味噌汁。奥さんのよりも、やはり若い子らしく味付けがちょっと濃い目でしたが、美味しく頂戴しました。

 

急なことに、奥さんも「どうしたんやろね」なんて言っています。でも実は私には、今日やるとは思いませんでしたが、長女がそんなことを言い出した理由はわかっていたんです。

 

冒頭の写真は、先日も使ったもので恐縮ですが、この間奥さんがインフルエンザで寝込んだ時に、私が担当してつくった晩ご飯です。結局、あの時は5日間続けてご飯を担当しましたね。

 

そして、その最後の日だったかな、ご飯を食べ終わって片付けをしている時に、長女がぽつりとこうつぶやきました。「うちがもっとやらんな、な(私がもっとやらないとね)」と。

 

私は聞こえてないフリをしていましたが、ああ、そう思ってくれたんならよかった、内心そう思っていました。そして奥さんにも、そのことは言っていません。

 

正直言って、5日間でずいぶん志事を後回しにしました。でも、病気の奥さんの世話もそうだし、家族の暮らしを出来る限り「普通」に維持したかったし、その時の優先順位は断然そちらが先なので、特に苦労でも何でもなかったんです。

 

そして先日ここに書いたように、私も普段の奥さんの活躍に改めて感謝の念を抱きました。でも子どもたちは子どもたちで、いつも遅いはずのお父さんが毎日あたり前のようにご飯をつくっている、そこから何か伝わるものがあったのかもしれませんね。

 

そして、それを毎日やっているお母さんへの想いも。まあ、理由はとにかく、お姉ちゃんがそういう気持ちになって、時々でも晩ご飯を担当してくれるのは、山口家としては大歓迎であります(笑)。

 

私は、奥さんのご飯で「今宵のお供(晩酌)」を楽しむという幸せも知っていますし、そして自分がつくって、家族が美味しいと言って食べてくれる幸せも知っています。どちらもとてもいいものです。

 

でも「娘にご飯をつくってもらう」という、こんな親としての幸せも、あったんだなあ。味の濃い肉じゃがをありがたくいただきながら、そう感じた次第。

 

今日は惚気のような話で、大変申し訳ありません。でも、「暮らしの中の幸せ」には色んなものがあるし、この歳になってやっと感じられた、新しい幸せの気持ちもある。

 

そんな、あたり前だけど、我が身に起こって初めてわかる感覚。晩酌よりも、むしろそっちに酔っていた夜でした。


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