人が居てこそ

machiya

〈民泊のサービスによって、建築文化が守られるという一面もあるんですね。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

最近、「民泊」という言葉をよく眼にするようになりましたね。そしてそれを提供している「Airbnb(エアビーアンドビー)」というWebサービスも。簡単に言うと、「現地の人の家、部屋に泊まること」について、その双方を結ぶサービスですね。

 

旅館業法とのマッチングにまだ問題はあるようですが、徐々に規制改革も進んでいる様子。今日、このサービスに関してとても面白い記事を読み、建築屋として想うところがありましたので、それを。

 

「WEDGE Infinity」というサイトに載っていたその記事は、Airbnbについての色々な新しい動きを紹介するものでしたが、そこに私が思ってもみなかった、でも意義深く感じられることが書いてあったんです。

 

それは、「民宿がAirbnbに載っている」という話。「民泊」とは違いますが、そういうこともアリなんですね。そこは琵琶湖畔の街にある民宿なんですが、それが築百年を数える、いわゆる「古民家」なんです。

 

数年来、年に一組か二組しか宿泊客がなかったその民宿。その経営を祖母から引き継いだお孫さんが、Airbnbの活用にふみきった。それが大当たりし、いまや年間売上が数百万円におよぶ人気の宿に生まれ変わった、というお話。

 

利用客はやはり外国人観光客の方が多いようですね。私はこの記事を読んで、商売の成功事例ということよりも、むしろこう感じて嬉しく思ったんです。「ああよかった、これでまたひとつ、木の家が生き永らえた」と。

 

記事には、お客さんが来なかった頃の経営をしておられたお祖母さんの言葉も載っていました。「私も歳やし、もうたたもうと思ってました。まわりも『壊せばええがな』と言ってはったんですが。」

 

いや、同じことを経営者が考えている木造の民宿は、日本中に相当数あるのではないでしょうか。しかしこの滋賀の民宿は、お孫さんのアイデアによってこのサービスを活かし、また多くの人に使ってもらえるようになった。家づくりを生業にする者としても、嬉しい事例ですね。

 

建物というものは、人が居なくなると傷むスピードが断然早くなり、すぐに朽ち始めてしまうもの。とくに木造はそうではないかと思います。そのわけを私は理論的に語ることは出来ませんが、きっとそれは「気」だと思うんです。

 

人が居ることで人の「気」がいきわたり、また人が使うことで「空気」も家の中をめぐる。それが、特に木の建物には大切なことなのでしょう。おそらくそれは、木という素材が生きているということと深くつながっている。私にはそう感じられてなりません。

 

そんな嬉しい記事から、さっそくAirbnbを調べてみました。そうしたら、他にも同様の事例がいくつもある。冒頭の写真もその宿のひとつです。「民泊」という言葉に惑わされていましたが、思った以上にそうした動きは進んでいるんですね。

 

その民宿の記事はこう結ばれていました。「『日本らしい物件』こそ、民泊の主たる利用者である外国人観光客が求めているものであり、こうした民泊仲介サイトを通じて地方旅館を再生させる動きは今後広がっていくだろう。」

 

その「日本らしい物件」というものこそ、日本の伝統的建造物でしょう。民宿にせよ民家にせよ、こうした宿泊仲介サイトは「古い木造建築」にそうした価値を見いだすための大きなムーブメントになり得る。そう感じましたね。

 

最後に少しキツいことを書きますが、日本人は戦後の高度成長期に、自国の建築文化の素晴らしさを忘れてしまっています。今、それを少しでも取り戻そう、見なおそう、思い出そう。木の建物と共に生きよう。

 

人が居てこそ、建築は生き続けられる。いつもそう想っている建築屋として、このムーブメントには大いに賛同し、なおかつ進む方向を見誤らないことを、心から願うものです。

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