先人との対話

2016-05-06

〈江戸時代の街並みを遺す場所。大人の時間、ゆっくりと愉しみました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は橿原神宮のことを書きましたが、神宮近くでお昼をいただいた後は、もうひとつの「歴史」を味わいにいってきました。神宮から3キロほど、今井町の街並み見学です。

 

橿原市今井町、全国でももっとも規模の大きい「重要伝統的建造物群保存地区」、略して「重伝建」に指定された街です。称念寺を中心とした、いわゆる「寺内町」として、戦国時代からの歴史をもっています。

 

堺などと同じく自治都市として発展し、大きな財力をもった街だったそうで、「大和の金は今井に七分」とまでいわれたとのこと。そしてその街並みに今も、多くの江戸時代の民家が残っているんですよ。

 

KJWORKSでも時々、古民家改修の志事をさせていただくことがあります。その中には築100年というものもありますが、ここ今井町に残るのは更に古い家々。築250年、350年というような、重要文化財の家が8軒もあります。

 

とても久しぶりに来た今井町。学生時代以来かもしれません。とんと御無沙汰で、橿原神宮のすぐ近くにあることも忘れていたくらいでした。木の家をつくるものとして失格ですね、お恥ずかしい。

 

しかし、こうした歴史を今に遺す街並みを歩くと、本当に心が落ち着きます。先人たちの建築技術の粋を集めた家々を鑑賞しながら、奥さんと二人、ゆっくりと街を散策してまわりました。

 

富が集中した今井町に遺る家々は、特に重文クラスのものは豪商の家が多く、とても立派なつくりです。密集地であったからか、全ての家が漆喰塗りの壁、瓦屋根という防火仕様です。延焼防止の防火壁である「卯建(うだつ)」もあちこちに見ることができましたよ。

 

冒頭の写真の家も、築250年を超える「上田家住宅」です。そして同じ時代のもの、金物商であったという「米谷家住宅」。この1.5階ほどの高さのプロポーションがとてもいいですね。

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そしてこれも同年代、「河合家住宅」。こちらは造り酒屋さんで、今も実際にお店になっています。私も一本いただきました。

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他にもたくさんの素晴らしく「古美た」家々があり、そして今も住まわれています。重伝建に指定されると、工事も簡単にはできないし、住民の皆さんには大変な面もおありだと思いますが、自宅を見学に開放していたり、そうした指定地区としての暮らし方をされているようでした。

 

本当に久しぶりにこの今井町を訪れましたが、木の家づくりを志事にしている今は、おそらく学生時分よりもずっと深く愉しめている、そう思います。それはひとつには、上記のように、「人の暮らし」をその背後に考える頭ができていることでしょう。

 

そしてもうひとつ、木造建築を理解している眼には、一見同じように見える建物にそれぞれのつくり手が施した意匠の、その意味合いや違いがより浮き彫りになって観えるよう。瓦にも、漆喰壁にも、板の使い方も。

 

ああ、いま来てよかった。そう思いました。子どもたちも段々と自分の世界をもって手を離れ、ようやく夫婦二人でこういう大人向けのところへ来られるようになった。そして今、この素晴らしい文化的価値をもったこの街を、昔よりもずっと深く味わえる自分がいる。

 

人間、歳をとるのも悪くないものですね。こうした歴史のもつ重みを一人の人として感じ取ることができますし、江戸時代中期にこれらの豪邸を建てた先人たちに近づく分、今に遺る建築を通じて、彼らとの対話を愉しむことができますから。

 

ただ、こうした写真にも、どうしても電線やアンバランスな街灯などが一緒に写ってしまいます。先人の素晴らしい業績を味わいつつ、一方でちょっと怒られているような気分にもなった私でした。


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