おとなの言葉

2016-05-17

『私家版 日本語文法』   井上ひさし 著   新潮文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

またも、とんでもない一冊にぶちあたってしまいました。先日読んでいた森本哲郎の『日本語 根ほり葉ほり』からの関連で、Amazonくんがオススメしてきた本書を見て、ビビッときて即入手。そうしたらこれが、面白いのなんの。

 

ビビッときた、というのは、井上ひさしが言葉について造詣が深いことを、今まで読んだ著書から知っていたから。名著『吉里吉里人』もまさにそうですし、以前このブログに登場した『本の運命』も、本をどう読むかという本。それは「本の虫、言葉の虫」でなければ書けない本でした。

 

しかし、本書の存在は全く知らなかったんです。Amazonで注文してから、これは凄いのが来るぞ、と予想はしていましたが、それ以上でした。通勤電車で頁を繰る手がとまらず、久しぶりに芦屋駅を乗り過ごしてしまうほど。

 

内容を逐一書くことはできませんが、今回も裏表紙の紹介文がとても良いので、一部引用しましょう。

「文部省も国語の先生も真っ青!あの退屈だった文法がこんなに興味津々たるものだったとは。(中略)豊富かつ意表をつく実例から爆笑と驚愕のうちに日本語の豊かな魅力を知らされる空前絶後の言葉の教室。」

 

日本語の文法を題材とする連作エッセイ。もちろん、井上ひさしは国語学者ではありません。作家、戯曲家です。しかし上に書いた通り、恐るべき数の読書から、過去の文法学者・国語学者の諸説も既に自家薬籠中の物となっているようです。

 

それらをふまえて、現在の日本語の文法、言葉の使われ方を歴史的に検証し、加えて著者の説も披露、という体裁。扱われるテーマは、漢字、振り仮名、仮名づかい、句読点といった基本から、形容詞、受身表現、七五調、擬声語といったものも。

 

森本哲郎の著書『日本語 表と裏』にも、「が」と「は」の助詞の使い分けが登場しましたが、本書でもそれは2回にわたって論じられていて、しかも色んな学者の説が詳しく紹介され、掘り下げが深い。

 

そして、裏表紙の紹介文に「豊富かつ意表をつく実例」とある通り、そうした学説や理論などで、ちと小難しくなりがちな文章に笑いとウィットを加えているのが、非常に多岐にわたるその例文なんです。

 

古今の書籍や論文からの引用はもちろん、古文書、新聞、雑誌、手紙、落語、歌詞、など、など。文中から該当する使用例を抜き出したり、あるいはその「例」の数を勘定してみたり、非常な手間暇をかけて「言葉の特徴」を炙りだす試みになっている。

 

そしてやはり私が嬉しいのは、この労作の中に、日本語への愛情が漲っていることです。何度も森本哲郎を引き合いに出して申し訳ないですが、森本氏の著作に感じられるのは、日本語に潜む日本人の心情に苦言を呈する態度でした。

 

しかし本書は違う。より広く、より深く考察し、冷静にそれぞれの時代の事象を見据えつつ、時に笑いを交え、時に涙を誘い、時に体制を批判しながら、その底にはこの国の言葉、そしてそれを操る人間への愛がある。

 

苦言も時には必要で、それで目が覚めることもあるでしょう。しかし、笑いや涙の中に人間の素晴らしさを描き出し、そこに未来を示唆する、それこそ大人の態度というものではないでしょうか。

 

文法論においてそれをおこなう手腕、その「大人の言葉」に、私は知的興奮のレベルを超えたある種の感動を覚えたのでありました。


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