みえない展示

2016-05-23

〈東京でもうひとつ観た企画展。でも、主催者の思惑とは違う見方をしてしまったようです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日も暑くなりましたね。事務作業に専念した一日、先日の東京行きを思い出していましたので、そこからの話題をもうひとつ。

 

先日はサントリー美術館での「広重ビビッド」展のことを書きましたが、この美術館があるミッドタウンには、もうひとつ面白い展示施設があるんです。それが「21_21 DESIGN SIGHT」です。今回はそこで開催されている「雑貨展」も合わせて観てきたのでした。

 

「雑貨」ってなんですか?と問われれば、ううん、正直言ってよくわかりませんね。「日用品」とも違う感じで、インテリアグッズなんかも含まれる気がします。家具よりも小さいコモノは、すべて雑貨なんだろうか?

 

雑貨展を観に行くと決めた時から、雑貨というものが増々よくわからなくなり、どんな展示なのかが非常に気になる。行く前に読んだ、開催概要の文面には、こんなことが書いてありました。少し長めに引用します。

 

”その変化に応じて、暮らしの中に様々なモノを取り込んできた日本人の生活史を象徴する存在が「雑貨」ともいえるのではないでしょうか。(中略)今あえてゆるやかに定義するならば、「雑貨」とは「私たちの日常の生活空間に寄り添い、ささやかな彩りを与えてくれるデザイン」といえるでしょう。(中略)本展はこうした「雑貨」をめぐる環境や感性を、世界的にもユニークなひとつの文化として俯瞰し、その佇まいやデザインの魅力に改めて目を向ける展覧会です。”

 

なるほど、確かに「いい雑貨」とは暮らしに彩りを与えてくれる、愉しいモノですよね。では、一体どんな展示なのか、胸踊らせながら会場に入った私を待っていたのが、冒頭の写真の光景です。驚きながら読んだ説明書きはこう。

 

”江戸から明治時代にかけて、都市の発達に伴い、庶民の消費需要の増加にあわせてホウキやカゴなど生活必需品としての雑貨を売り歩く「行商」が盛んになりました。荷車に驚くほど大量の商品を積み込んだこの伝統的な移動販売システムを、現代の日用品で再現しました。”

 

そしてこんな昔の画像が。

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”日本の高度経済成長期にあたる約半世紀前までは、「雑貨」とは、やかんやほうき、バケツといった「荒物」=生活に必須な道具を指していました。”と、開催概要にはこんな言葉もあって、ははあこれがそうか、と思いましたね。

 

そう言えば「荒物」という言葉を久しぶりに聞いた(読んだ)気がします。私が子供の頃、商店街には必ず荒物屋さんがありました。でも、最近はとんとそういう業態を見かけませんね。なるほど、これも雑貨の変遷にともなう業種の変化か。そう思うとこの展示、なかなか面白い。

 

そしてこの「行商」の展示をスタートに、さまざまな展示がありました。それぞれの出展者が色々と工夫して展示の設えをしておられたのですが、正直に告白しますと、本来の主催者の意図は、私には伝わらなかったと感じます。

 

というのは、出展者の中にはコンセプトを決めて雑貨たちを分別したり、包装したり、飾り付けたりしていた方もおられましたが、そういうのに眼がいかないんですね。私の眼が吸い寄せられるのは、雑貨をそのまま「雑貨」として並べているだけのもの。

 

なんのことはない、自分が好きそうな雑貨そのものしか見てないんです。全然展示として見えていない(笑)。例えばこれは、私も最近注目している松場登美さん(群言堂)の展示。

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そしてこれは、フードデザイナーたかはしよしこさん(S/S/A/W)の展示。

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どちらも古道具が多いようで、時代を感じさせる器、雑貨がずらり。好きな人にはたまりませんね。じっくり拝見していると、古道具屋さんにいる気がしてきて、「これいくらかな」なんて。

 

ディレクターである深澤直人さんには、きっと怒られそうな、そんな不真面目な観方でしたが、またその背徳の感覚もよかったりして(笑)。いずれにせよ、眼の保養ができた至福の時間だったことは、確かであります。


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