放浪する駒

2016-06-17

『風果つる街』   夢枕獏 著   角川文庫

 

「本を開いたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は自宅の蔵書から一冊。先日の休みにふと手に取ってみたら、文字を追う眼がとまらず、一気に読み終えてしまった本を。おそらく10年ぶりくらいに読みましたが、やはり面白かった。

 

夢枕獏と言えば、『陰陽師』シリーズ、『キマイラ』シリーズなど、ある意味怪異小説とも言うべきジャンルの作品が知られています。あとは格闘技のジャンルのもの。でも私は、今日ご紹介する一冊しかもっていません。

 

そういうオカルト的なもの、あるいは格闘技のもの、どちらもあまり興味が無い。でも、本屋で立ち読みしたものから、この作家がもつ独特の文体に興味を惹かれて、その作品群から読めそうなものを選んで買ったのがこの本でした。もう20年ほど前のことです。

 

この本は、格闘技とはまた違った「闘い」にまつわる物語。その闘いとは「将棋」、それも、賭け将棋です。昔はたくさんいたという、賭け将棋を職業とする人間「真剣師」の物語なんです。

 

全国を放浪しながら賭け将棋で喰っている主人公。お世辞にも格好いいとは言えない、むしろ野良犬のようなその風体と、しかしその中にある「刃」のような、将棋という「勝負」への執念。

 

そして彼が放浪の中で出会う、将棋という世界にとり憑かれたまた別の人間たち。それは同じ真剣師だけではなく、詰将棋づくりの奇才であったり、ある指し手を求め彷徨う女だったりします。

 

現在でも羽生さんをはじめとしたいわゆるプロ棋士の方々は、将棋界の超エリートと言えるでしょう。しかし、頭脳による闘いであるこの独特の世界には、エリートとはまた違う「勝負師」がいる。

 

プロ棋士界という陽の当たる世界を生きることが出来ない、しかし将棋というものを捨てられない、その闘いに憑かれた人間の生き方が、夢枕獏にしか書けない独自の筆致で、まるで木枯らしのように哀しく描かれます。

 

放浪への憧れ、そして「堕ちること」への憧れ。自分の中にあるそうしたものを綴ったものだと作者が「あとがき」で書いている通り、ここに納められた4つの物語にハッピーエンドはありません。しかし、真剣師という稼業、その漂泊の生き方に、そもそもそういう結末は似合わない。

 

しかし、それぞれに描かれる闘い、静かでかつ壮絶な闘いの物語には、やはり読者を惹きこみ、胸を熱くさせるものがある。そんな、熱くしかも哀しい人の姿に、将棋の出来ない私も、どこか自分を重ねつつ読んでしまいました。

 

流れ、彷徨い、堕ちていく自分。人には皆どこかに、そうした己の姿を描くベクトルをもっているのかもしれませんね。そうした心のどこかの哀しさを纏った己の姿に、この物語は、鋭く訴えかけてくるようです。

 

小説とは、まさにそうした疑似体験のデータベースでもあるはず。こうした独特な世界を描いたものもまた、自分の中の一部とシンクロし、精神浄化(カタルシス)をもたらすこともある。そんなことを思いました。

 

今日は珍しい本を採り上げたので、だいぶ内容を書いてしまいましたが、「放浪」という言葉に惹かれる気分の時には、琴線に触れる一冊ではないでしょうか。


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