駆り立てられる人

2016-07-17

『夢枕獏の奇想家列伝』   夢枕獏 著   文春新書

 

「本を開いたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

三回ほど前のこの書評ブログで、久しぶりに読んだ夢枕獏の小説を採り上げました。そして、やはり面白かったその本から著者の近作への興味が湧いてきて、Amazonで調べ、そして目に止まった一冊です。

 

本書は小説ではなく、元々はテレビ番組だったそうです。2005年放映のNHK「知るを楽しむ この人この世界 夢枕獏の奇想家列伝」。そのテキストに加筆・修正を施して本にまとめたもの、とのこと。

 

私は「奇想家」の文字に眼が釘付けになって入手したのでしたが、届いた本についていた帯には、こう書かれていました。「知に駆り立てられた『旅』の人生をたどる」と。これがまさに、本書の内容を一言で表しています。

 

採り上げられている人物は皆、著者が心惹かれてやまない歴史上の人物たち。玄奘三蔵、空海、安倍晴明、阿倍仲麻呂、河口慧海、シナン、平賀源内、の七人です。各章の最初には人物年表があり、その後著者がその人生について語る、という体裁。

 

その七人に共通していることは、帯の文章にもある通り、己の知的欲求に突き動かされて、危険も顧みず命がけの行動を起こし、時代に抗した人物であること。「奇想家」とは、とても普通の人が考えないようなことを発想し行動した人物、の意でしょうね。

 

元がテレビ番組での著者の語り、ということもあって、口語体の文章がとても読みやすい。しかし、内容は充実しています。とにかく人物描写が活き活きとして、すっと引き込まれていく感じ。

 

その迫真の描写には理由があって、それは著者が実際に己の足で彼ら「奇想家」たちの足跡を辿り直しているから。そこから感じ取った彼らのスケールの大きさ、人物の凄みを描く夢枕獏の筆には、まさに想いが溢れ出ているようです。

 

採り上げられている七人のうち、私は不勉強にして一人、知らなかった人物がいます。オスマン帝国の建築家、シナンです。彼は15世紀末から16世紀に生きた人、最大にして最も美しいと言われるセリミエ・モスクをつくった人物です。

 

セリミエ・モスクのこと、その素晴らしさは知っていましたが、その建築家のことを知らなかった。そしてそのシナンの人生もまた非常に興味深く、もっと詳細に知りたくなってきた次第。

 

そして他の玄奘三蔵はじめ日本人たちについても、ある程度は知っていますが、本書の平易な文章の中にはもっと深い彼らの人生への共感があり、それはまさに読み手を「知に駆り立て」るようです。

 

そして、その駆り立てられた心には、実はもっていく場所があります。本書で採り上げられた奇想家たち、その足跡を著者が辿ったのは、小説の取材のためだったから。そう、彼らを主人公にした小説があるんですね。

 

安倍晴明については有名な「陰陽師」シリーズ。空海については「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」という小説が。私が非常に惹かれた建築家・シナンも小説の主人公になっていて、よし次はそれを読もう、と(笑)。

 

確かに、この新書一冊の厚みの中に七人を採り上げているので、詳細なことは書ききれていない。読者をさらなる知に駆り立てる導入部、なかなか著者も上手いですね。

 

しかしその想い溢れる文章は、次なる本編とも言える小説への期待を大いに高めます。「奇想家」たちの人生にのめり込んだ夢枕獏。彼を、そして彼らを駆り立てたものが私たちを次なる読書へと誘う、よき入門書だと言えるでしょう。


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