表裏なく候

2016-07-26

〈普段あまり見ない上向きの写真にこそ、無垢の木のよさが写りました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

しとしと雨降りの日、今日は自宅で志事しています。ちょっと体調がいまひとつなのと、打合せの予定がなく、昨日に引き続き作図作業だけだから。CAD作図のいい点は、パソコンがあれば出来る、ということですね。

 

さて、今日の冒頭の写真は私の自宅の一部ですが、何かよくわかりませんね。これ、真上を見上げて撮ったもので、2階から3階に上がる階段と、上がりきったところの床、そしてその向こうに屋根なりの勾配天井が見えています。

 

だいぶ以前の写真になりますが、この階段の全景はこんな感じ。

2015-12-13 10.35.01

 

今日、ダイニングテーブルで志事をしながらふと上を見上げて、思ったんです。ああ、無垢の木は裏も表もないな、と。まあ、考えてみればあたり前のことなんですが。

 

階段は左右の「側板」と一段一段の「踏み板」、全て栂の無垢材。階段が少し斜めを向いているのは、左に見える白い「そよ風」のダクトを通すためですね。そして上がったところの床はわざと簀の子状にしてあって、これも杉の角材を並べてそのまま床にしています。

 

簀の子状にしているのには色々理由があって、お鍋の時などに蒸気を上に抜くこと、そして一番明るい3階からの光が少しでも落ちるようにすること。まあこれは、隣の駐車場に高い建物が建ってしまった時のための備えですね。

 

こういう簀の子状の床はよくつくるんです。吹抜けの外壁側に設ける細い通路「キャットウォーク」などは、だいたい簀の子ですね。角材が並んだ床を歩くというのも、結構気持ちが良いのです。

 

いつもそうしてつくっているし、自分自身もこの家にあたり前に日々暮らしていますが、実はこういうつくり方もすべて、材料が無垢の木だからできること、ですよね。

 

あまり想像したくはありませんが、同じような断面をもった無垢のプラスチックでも、このような階段や簀の子状の床はつくれるでしょう。しかしそれは人にとって心地よいモノでしょうか。少なくとも私はそういう家に住むのはごめんです(笑)。

 

同様に金属、コンクリートでも製作は可能でしょうが、これも人の感覚を考慮した時には、かなり厳しいですね。日本の家は靴を脱いで上がる空間ですから、その踏み心地まで考えた時、やはり無垢の木に勝るものはない。

 

そもそも、この「無垢」という言葉は、無垢の木、と使う時には「まじりけのないこと」という意味だと思います。しかし他にも、例えば「けがれがなく純真なこと」という意味もあり、和服で「白無垢」などと使う時には、表と裏を同色の共布で仕立てた着物、の意味になります。

 

まさに無垢とは、表と裏がないこと。表面と内部の違いがないこと。そういう佳さが、今日の冒頭の写真には見えている。そう想うんです。自分の志事を自賛するわけではありませんが、それは本当に素晴らしいことではありませんか。

 

私が、体調がいまひとつの時に自宅で志事したくなるのは、通勤がしんどい、ということもありますが、おそらくこういう感覚を身体が求めているのかもしれない。いま、そんなことを感じている次第です。


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