相棒と呼べるモノ

20160819-095236

〈故障した愛車を直してもらって感謝しつつ、でもやっぱり疑問に思うのです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は珍しく、クルマのお話。先日、愛車の調子が悪くなって診ていただいた時に感じたことなど。ちょっと辛口です。

 

乗って5年、一度も故障というものをしたことがないままに、走行距離が16万キロを超えたフォルクスワーゲンニュービートル。でも、先日ついにオイルランプの不具合が発生しました。オイルはいっぱいなのに、信号で止まるたびにピーピーと音がなって、うるさくて仕方がない。

 

いつもなら箕面にある専門店に行くところ、今回はタイミングが合わず、初めて西宮にあるフォルクスワーゲンのディーラーさんで原因を探ってもらいました。結果はオイルそのものではなく、センサーからの配線の不具合と判明。直してもらってホッと一息です。

 

思えば、車のディーラー、ショールームのようなところに行くのは本当に久しぶり。並んでいるゴルフやポロなどを眺めながら、思いました。一般的に、皆さん何を基準にクルマを選んでおられるんだろうか?と。

 

私の場合、その入口ははっきりしていて、車体デザインでした。ニュービートルの形が好きなんです。このクルマに限らず、そういう視点で選んでおられる方も多いでしょうね。

 

でも、入口はそこでしたが、乗っているうちに色んな他の良さも感じるようになってきました。それは例えば、本体やドアなどで感じる「重量感」であったり、先述のように故障しない、というところも。

 

そして、これは古い車なら皆そうでしょうが、エアコンなどの操作部がかなりアナログであること。デジタル表示も少ないし、ボタンひとつ、という操作がほとんどありません。ダイヤルをひねる、スイッチを上下に倒す、というような動きで操作する感じ。

 

そんなことで、乗るにつれてさらに好ましくなり、今やもう完全に私の相棒です。まだまだ乗りますし、次にクルマを替える、ということがちょっと想像しにくいくらいですね、正直なところ。

 

考えてみれば、クルマというのはプロダクトでもあり、移動手段でもあり、さらに動く「私の部屋」でもある、というところが非常に独特で、他にこういうモノは思い浮かびませんね。

 

そういう独自性が、「相棒」と呼びたくなるような関係を人とクルマとの間につくるのでしょう。であれば、クルマというプロダクトとは、もっと永く使えることを前提にすべきなのでは?と思うんです。家に次いで永く保つくらいに。

 

何が言いたいかというと、私が愛車で感じるそうした重厚感であるとか、故障しないとか、あまり電子機器的にならない操作系であるとか、そうしたことが「ロングライフ」を目指してつくられているように感じる、ということなんです。

 

私が木の家をつくっていることと、それは無関係ではないと思います。例えば給湯器やガスコンロなども、どんどん電子機器化している。ある日突然故障して、もう直せない、買い替えしかできない。

 

今の自動車もまた、そうなっている。同じ会社であるフォルクスワーゲンの最新型でもやはりデジタルな部分がだいぶ増えていましたから、余計にそれを感じたという次第。

 

修理を終えてディーラーの担当者さんがこうおっしゃいました。「このクルマは永く乗っておられる方が本当に多いんです」と。そうでしょうそうでしょう、だって、そうして欲しいってクルマが言ってるもん。

 

では、今の御社のクルマはそう人々に想ってもらえるものですか?

 

冒頭の写真にある通り、フォルクスワーゲンの今の標語は「Think People.」というもののようです。「人を真ん中に考える」という意味合いのようですが、私にはこうしか読めませんでした。「人々よ、考えよ」と。

 

思想をもって、手間暇をかけてつくられたモノこそ、コストは余計にかかっても、結果的にはリーズナブルなものと考えます。私はそういう家をつくっているつもりですし、私の相棒もそういう想いの元につくられていると感じますね。

 

モノに愛着をもって、それと共に暮らすこと。そうしたライフスタイルに寄り添うクルマが、もっと普通の存在になってほしい。そう心から想うものです。


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