生きて描く絵師

2016-08-27

『乾山晩愁』   葉室麟 著   角川文庫

 

「本を開いたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

『蜩ノ記』で直木賞をとった時代小説作家、私が初めて読んだその作品は『銀漢の賦』でした。そして今回は、その葉室麟の原点と言える『乾山晩愁』を含む五編の小説集です。

 

タイトルにある「乾山」でこの物語のイメージが湧く方は、日本美術にご興味のある方でしょう。これは尾形光琳の弟、尾形乾山のこと。私も昨年、その作品たちをサントリー美術館で堪能したものでした。

 

本書は、その乾山を主人公とした表題作の他、全てが「絵師」を主人公としたものになっています。乾山は陶工でしたが、絵師でもあったのですね。他の四編の主役は、狩野永徳、長谷川等伯、清原雪信、英一蝶です。

 

このような趣向の短編集であるとは知らず、表題作のタイトルに惹かれて入手したものでしたが、これは日本美術をもっと深く感じ取りたいと常々思っている私にとって、まさに垂涎の一冊でした。

 

それぞれの内容に触れることは出来ませんが、天才・尾形光琳の亡き後に苦悩する乾山の姿をはじめ、近世を生きた絵師たちそれぞれのリアルな生涯が、名手葉室麟の手によってそれぞれの物語世界へと昇華しています。

 

表題作は光琳と乾山の物語ですが、それ以外の四編には、主人公こそ違えど、通底するものがひとつあります。それは「御用絵師・狩野(かのう)」というテーマです。

 

狩野永徳の物語では、朝廷絵師・土佐家との競争と、織田信長に重用されてからの天下人との関係が描かれ、長谷川等伯はその狩野家の牙城に挑戦する者として描かれます。

 

そして女絵師・清原雪信の生涯は、永徳の孫、絵師としての栄華を極めた狩野探幽の門下として、狩野三家間の人間模様と併せて描かれ、英一蝶は狩野の門下から波乱の人生を送った者として描かれていました。

 

私もそれぞれの画家に興味はあり、その作を観ることもあります。一方で、いわゆる美術史の方を調べて、それぞれの絵師が生きた時代を大まかに想像してみることも、出来なくはない。

 

でも、それだけではやはり物足りないというか、生きている人間としての彼らの姿は伝わってきません。その時にその作品を描くに至った理由や、絵師としてどう挑戦したのか、そして狩野のような「家」の事情も。

 

私は本書を読んで、こういう絵師を題材にした小説こそ、その作品そのものと、美術史書にある歴史的な記述との間をつなぐ、何よりのサブテキストではないかと感じたのでした。

 

もちろん時代小説ですから、文書に遺る史実をふまえながらも、それはフィクションには違いありません。しかしそこには、作家が想像力を膨らませて描いた、一人の人間としての絵師の生きざまがある。

 

絵画にかぎらず、文章にしても工芸にしても、「己を表現する」ことで生み出される作品とは、そのつくり手の人間としての姿に共感することで更に深く味わえるものだと思います。

 

時代小説を読むようになったのは最近ですが、日本美術にも、そして近世の日本にも興味がある私にとって本作は、時代小説というものの大きな功徳をまたひとつ教えてくれた貴重な書だと言えるでしょう。

 

その後、他の作家も含めて、絵師や文筆家などの表現者を主題とする作品を漁り始めている次第です。私と同様の指向をおもちの方々には特に、その葉室流の清冽な文体も含めて、大いにお薦めできる一冊ですね。


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