届けたり巻きこんだり

2016-08-31

〈同じ日に色んな声の志事の方と接し、その違いを耳で感じました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は、木の空間でおこなわれた「声と話し方レッスン」のことを書きました。その講座はお昼までで、午後からはまた別の「声の志事」を拝見しに行ってきたんです。

 

それは、KJWORKS本社「くらしの杜」で年4回開催されている落語の会「彩都・木楽亭」です。私たちが社内会議などに使う「多目的室」が寄席に早変わり、無垢の木の高座が設えられて、なかなか本格的なんですよ。

 

「彩都・木楽亭」では、林家菊丸さんの会と桂吉弥さんの会、そして年に一回「二人会」が開催されています。今回は、以前は染弥さんと名乗っておられた、林家菊丸さん。私がその噺を聴くのは、ご襲名されてから初めてです。

 

桂華紋さん、そして笑福亭由瓶さんがそれぞれに演じられ、最後に真打ち登場です。客席で聴いている私は写真撮影禁止なので、今日の一枚は撮影担当スタッフの鳥居さんによるもの。いや、菊丸さん、ご襲名されてさらに存在感が増しておられる。

 

そして今回は、午前中に声と話し方のレッスンを一緒にお聞きしていたこともあって、噺そのものを楽しみつつも、菊丸さんの声の出し方、しゃべり方についてもちょっと気をつけて聴いてみることにしたんです。

 

その抑揚や強弱、スピード、そして何より「間合い」を意識しながら、少し技法的な部分に集中してみた結果、落語というかなり独特の「話芸」について、あらためて感じ入るところがありましたね。

 

思えば噺家というのは、噺という「物語」を独りでお客さまに届けるという志事。ナレーターも、そして登場人物全員の役も演じながら。あの、ちょっと視線の方向を変えるだけで二人の人物の「会話」を再現する方法も、落語以外には見られません。

 

そんな身振り手振り、会話の再現の仕方によって、噺家の周囲に現われる物語世界。そこに引き込まれ、そこにさまざまな人間の喜怒哀楽を疑似体験した結果、観客は噺家に拍手を送るのでしょう。

 

うん、「噺家」という「話す」志事ではあるけれども、やはり他の「声の志事」とは大きく違いますね。午前中に私が感じ入った「あなたに届ける」とは、またベクトルが違う。噺がもつ方向性は「あなたを巻き込む」だと感じました。

 

高座がはねた後、菊丸さんの奥さまとも少しお話しました。実はご一家はKJWORKSで木の家づくり(リフォーム)をされたお施主さまでもあって、そして奥さまも、声を使う志事をされています。そして昨日レッスンをされていた船越さんと奥さまもお知り合い。

 

そんなことで、昨日は一日「声と話し(噺)」のことに浸っていた感じでした。届ける声、対話する声、物語に惹きこむ声、それぞれの面白さ。続けて色んな「声の志事」の方々と接することで、その違いがよく見えた気も。

 

届けることも、巻き込むことも出来る、「話芸」というもの。その色んなかたちを耳で感じ取りつつ、ひとつながりの思考として己の中に跡を遺せたようで、おそらくこういうのを「耳福(中国語)」と言うのでしょうね。


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