業と悲哀のアート

2016-09-07

『文福茶釜』   黒川博行 著   文春文庫

 

「本を開いたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

前回、前々回と、アートに関連する本をご紹介してきています。そして今回も、大きく言えばアートの関係。日本の古美術や骨董を主にテーマとした短編小説集ですが、ちょっと変わった一冊です。

 

著者・黒川博行の本を読むのははじめて。最近は『後妻業』という著書が非常に人気だそうで、何というか、ちょっと「怖い世界・裏の世界」を巧みに描くことで知られた作家のよう。

 

そんな著者が描く古美術界の物語は、やはり「裏の世界」でした。古美術や骨董の「裏」といえばピンと来ますね、そう、贋作の世界です。本書はそうした、騙し騙されの怪しい業界のお話なんです。

 

著者は作家になる前は美術教師だったそうで、京都の芸大卒です。その経験を活かしてか、古美術だけに限らず、日本の美術業界というものの表と裏、その描写には非常にリアリティが感じられ、私もぐいぐいと惹き込まれました。

 

そしてさらに、その「古美術でひと儲け」するための手口については、もう驚きの一言です。例えば一枚の水墨画を二枚にする「相剥ぎ(あいはぎ)」や、古美術につきものの「箱書き」の超高精細なコピーの製作法、など、など。いやあ、凄いものです。

 

私も以前、美術品の真贋というところに興味をもって色んな著作を読んだことがありましたが、この日本の古美術における贋作テクニックは全く知らず。著者の経験と入念な取材のたまものでしょう、これが物語を支える柱になっています。

 

そしてもうひとつ、この短編集に味わいを添えているのが、関西弁です。主に大阪と京都が舞台となっているんですね。会話は全て「ホンモノの」関西弁でテンポが小気味よく、その点も物語のリアリティを高めている感じ。

 

古美術骨董界では、プロが贋作で素人を騙すのはご法度でも、プロがプロを騙すのは、褒められこそすれ、責められるものではない。そういう意味の描写が何度となく出てきます。「騙されたもん負け」というわけですね。怖い世界やなあ。

 

贋作をつかまされ、それを何とか「売り抜け」ようとする者、真作の鑑定を依頼されてそれをすり替えようとする者。地方の旧家の蔵から安く買い叩いて高値で売る者、展覧会に贋作を紛れ込ませて図録に載せ、値を吊り上げる者。

 

どれも悪行に違いなく、実際にこういうことがおこなわれているのかと思うと恐ろしいですね。でもこの悪行三昧の裏稼業を描く作品たちからは、その関西弁の効果もあってか、むしろ滑稽な、あるいは少し物哀しいような、なんともいえない可笑しさが滲み出ているようです。

 

「そこまでやるか」と感動するほどのテクニックを弄して、アートという最も価値の変動幅の大きいもので儲けようと企む者たち。その何とかものにせんとする必死の姿に感じられるのは、如何ともし難い人の業、そして人の悲哀。

 

あまり褒められた話ではありませんが、こういう世界の住人たちもまた、アートを通して金に執着する、業の深い一人の人間である。その意味で言うなら、人は皆、さほど違わない、哀しい生き物なのかもしれませんね。

 

『後妻業』を読む気はありませんが、黒川博行には他にもアート関係の著書があるようで、次はそちらのほうに進む予定。アートにまつわる業と悲哀に満ちた人間模様を味わってみたい方には、お薦め出来る一冊です。


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