同じ時を生きる絵師

2016-09-17

〈江戸琳派の華に感動しつつ、その時代、その世界が今までより少し視えた気がしました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は東京へ出張で、お客さまとの打合せでした。そしてまた、その本来の要件の前後に色々と絡めて体験してきましたので、岐阜に続いてご報告をさせていただきます。

 

東京とは私にとって、「蕎麦とアートの都」と言っていいでしょう。さほど広くない範囲の中にたくさんの素晴らしい美術館があり、行けば必ず観たいものがある。寄り道の先に事欠かない、ありがたい都市です。

 

そして、今回もまた足を運んだのは、このブログでも何度もご紹介している六本木のサントリー美術館。今回は「鈴木其一」展がやっていましたので、とにかく真っ先に飛びつきました。

 

鈴木其一は、いわゆる「江戸琳派」の絵師で、酒井抱一の弟子にあたります。時代は江戸後期で尾形光琳、乾山兄弟よりもだいぶ後、抱一が復興した「新・琳派」ともいうべきムーブメントの後継者と言える人です。

 

琳派の絵は、その画題、構図、色彩、全てに独特のものがあり、私の感覚では「デザインされた絵」という感じのもの。単なる写実から大きく進んで、地と図を合わせてデザインした絵、というイメージですね。

 

特に酒井抱一から始まる江戸琳派は、京都のそれよりもさらに洒脱というか、さっぱりとして粋な感覚に満ちているよう。今日はその江戸琳派の風と、そこから更に己の世界をつくっていく其一の画業をじっくり堪能してきたんです。

 

冒頭の写真は美術館の入口で、この絵が其一の代表作とされている「朝顔図屏風」です。光琳による「燕子花図」のデザインを、朝顔で再構成した作品。これももちろん、とても素晴らしかったのですが、今回私が最も感動したのはこの一枚。

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「木蓮小禽図」です。この迷いのない筆の軌跡、その構成と色彩の妙!初見ではありませんが、やはり素晴らしい。まさに江戸琳派の華を、ただ茫然と眺めるばかり。

 

他にも素晴らしい絵が数多ありましたが、とても全てご紹介は出来ません。でも、絵師としての其一のこと以外に、今回とても感じ入ったことがあるので、それはお伝えしたく思います。

 

というのは、展示の中に「鈴木其一年表」があり、それを見て私は、其一と浮世絵師・歌川広重、そして歌川国芳が全くの同世代であることを知ったのです。それは、私の中に今まで別々に存在していた琳派と浮世絵が、はじめて接点をもった瞬間でした。

 

同じ時代、同じ都市にいた、違った道を歩む絵師達。そのことは何となくわかっていながら、でも今までそれを別々のものとして認識していました。でも、広重や国芳と其一は、まさに全く同じ世界を生きていたんですね。

 

そこに交流があったかどうかは、私には不勉強にしてまだわかりません。しかし同時代の同業の人たちですから、きっとお互いを知っていたに違いありません。そしてまた、何らかの影響を与え合っていたのかも。

 

この私の感覚が皆さんに伝わるかどうか心許ないですが、その、鈴木其一や広重、国芳が共に生きていた世界の姿が、一気にリアリティという膨らみを得て視えるような気がしたんです。

 

そこではたと思い出したのが、知の巨人・松岡正剛がその著書で語っていたこと。それは、「日本史と西洋史も、同世代の人物を横並びにすると、リアリティをもって一緒に理解できる」というような意味の言葉でした。

 

読んで20年近く経つと思いますが、今も忘れません。イギリスの女王エリザベス一世は、織田信長の一歳年上のお姉さん、という記述を。それだけで、別々の認識としてある日本史と西洋史が、同じ世界の出来事だというつながりの感覚をもてる。

 

今日の私には、鈴木其一を入口にして、琳派の江戸と浮世絵の江戸とが溶け合うようにひとつに重なるのが感じられ、その自分の中の情報の統合感覚に、大いに興奮してしまったというわけ。

 

しかしそれと同時に、江戸が好きと言ってもまだまだバラバラに好きなだけ、そんなまとまりのない自分の未熟さも合わせて思い知った次第。でもまあ、単独の知識を個別に持ち続けるより、思い知っただけまだましですよね。

 

そんなことを思いつつ、せっかくの気づきを活かして、鈴木其一と歌川広重、国芳が共に生きた世界をさらに探求してみる、そう強く肝に銘じたことでした。


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