二重の場づくり

2016-10-04

〈場づくりする人たちの「放談」の会。似て非なるところに気づきは生れます。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日のKJWORKS阪神「木の空間」では、7月に続いてかお凛こと高橋かおりさんによる集い「凛カフェ」がおこなわれました。そしてこれも7月に引続き、「場づくり」する人が集まって濃いお話の時間だったんです。

 

私も、まんまるみかんで開かれるもう少し大人数の集い「ゆるシンポジウム」と並行して、こちらにも毎回参加しています。ゆるシンポよりさらに濃い、この少人数の集まりからの刺激が面白くて。

 

今日は前回よりも二人多く、総勢7名での話し合いの時間。少人数かつ共通するもののある人たちの間ならではの本音の話、少し毒のある(?)話に花が咲き、そしてそこから自分への客観的な視点が芽生える、そんな時間でした。

 

今回、進行役のかお凛以外に集まった「場づくり」の人は私以外に5人。そのうち私が実際に訪れたことのある「場」は3つです。まんまるみかん、夙川のコワクラ、そして鳴尾のギャラリーKooです。

 

人が集う場をつくる、という同じ主旨でありながら、でもそれぞれに少しずつ違った活動をしている方々。その皆さんのお話を聞いていて今日感じたのですが、オーナーご自身が見ている自分の「場」と、私が実際に行って感じたこととは、必ずしも一致しないんだな、と。

 

私自身は、自分の「木の空間」という場所を自分でつくって、その空間のもつ良さを広めたい、と思ってそこを使ってもらっています。なので、その場所こそが「場」の中心として上手に機能することを一番に考えます。

 

「場」とは場所ではなくその力の及ぶ範囲、ということをこの一連の投稿で書いていますが、しかしその「場」の中心には「場所」がある。場所・空間のもつ力が、磁石のように「場」の強さを決める。そういうイメージがあります。

 

対して他の皆さんは建築屋さんではありませんので、ハードに関しての制約や感覚は私とはまた違っています。そして、どちらかというとソフトの部分での「場」づくりの展開を模索していらっしゃる。

 

どのどちらがいいということではなく、やはり私のものの見方がおのずとハード寄りになっている、ということに改めて思い至ったというわけなんです。そしてそこが、この会での私のオリジナリティだな、と。

 

あまり上手な表現ではないかもしれませんが、場所づくりということから「場」づくりを考えるという視点は、言うなれば二重に場づくりをしている感じなのかも、ということを思いました。

 

「場」の魅力とは、主催者さんご自身の魅力が一番の要因だと思いますが、その場所・空間の魅力もある。その2つが共鳴しているというか、その人らしい場所だなあ、と他人から見えている時、その「場」のチカラはさらに強さを増すのではないか。

 

これも私がそういう志事だからそう考えるのでしょうね。しかし、その「場」のもつ雰囲気は人と場所・空間との協働の産物である、という認識は、おそらくあまり間違っていないと思います。

 

その2つがちぐはぐな時、おそらくそこには違和感が生じる。それは何とは口に出せなくても、建築のプロでない一般の方にも敏感に感じられるものだと思うんですね。

 

と、そんなことも、似たようで違っていて、違っているようで似ている、そんな活動をする皆さんとの今日の話の中で、ふと私の中のあたり前が剥がれ、ベールが一枚めくられたが故に感じられたこと、なんです。

 

そう、そしてそれこそが、このような小規模かつ濃い集まりでの放談の醍醐味なのでしょう。人の振り見て我が振り直せ、ではありませんが、他人の目線が己の目線の幅と角度を変えてくれる、ということが。

 

かお凛に聞くと、他の皆さんもこの小さな集まりを楽しみにしてくれているということです。今日の私の話とまた意味合いは違っても、しかしきっと皆さん、自分の姿を違った目線で見るということに面白さを感じておられるのでしょうね。

 

そういう集まりをアテンドしてくれるかお凛には大いに感謝ですし、この場から皆さんそれぞれに気づきを得て、それぞれに「場」づくりが活性化するとすれば、それはトータルでは大いに意義あることだと感じた今日の私です。


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