素材を信じて

2016-10-17

『うるしの話』   松田権六 著   岩波文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

皆さんは蒔絵師・松田権六をご存知でしょうか。故人ですが、人間国宝であり、その世界で「漆聖」とまで呼ばれた人物です。私もその存在や作品は知っていすが、今回著書があることを初めて知ったので、早速。

 

本書は最初の刊行が1964年(昭和39年)。金沢に生まれて7歳から修行をはじめ、漆芸ひとすじに生きた名工松田権六、その生の声を刻む、まさに後世に残すべき名著だと言えるでしょう。

 

表紙の写真は、著者の作品『蓬莱之棚』(昭和19年 石川県立美術館所蔵)のアップです。松田権六の代表作であり、近代日本漆芸界の最高傑作とされていて、全体像はこういうものです。

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(幅61.2×奥行37.3×高114.0cm)

 

いや、すごいものですね。こうした工芸品というものは、そのモノ自体のデザイン、そして装飾絵画のデザイン、そしてそれを実現する技能、その全てが揃ってはじめて形になるもの。これはまさに神技と呼ぶに相応しい逸品です。

 

本書は、大きく二部に分かれています。第一部はタイトルの通り「うるしの話」。漆という樹液を原料とする塗料そのものの話から始まります。その樹の育て方、樹液の採り方、そしてそれが塗料になる工程も。

 

そして漆器というもののつくられ方、塗り方の手法、そして蒔絵などの装飾技法の数々と、それに使われる特殊な道具たちの説明まで。これほどまでに様々な技法があるという、そのことに驚嘆してしまいます。

 

特に、仕事に使う筆について、そこに使われる動物の毛のことだけに5頁を費やしていたりしている。筆の良し悪しはそれほどまでに、作品の良し悪しを決める重要なファクターなのだということでしょうね。

 

そして後半第二部は著者の回想録、題して「漆とともに六十年」。上記の通り7歳から漆の世界に入り、東京美術学校に入ってからは高村光雲や小堀鞆音など錚々たる巨匠たちから教えを受け、さらには益田鈍翁に可愛がられたりといった濃密な時間が描かれます。

 

そして、単に古来伝わる工芸手法だけでなく、漆のもつ素晴らしさ、可能性をもっと世に広めんとして様々な試みにチャレンジ。私は全く知りませんでしたが、パイロットの「蒔絵万年筆」を創始したのも松田権六だったのですね。

 

万年筆とダンヒルのパイプを通じて海外へも進出と、これらは全て戦前の話ですが、私はこの回想録の胸躍る描写にとても感動しました。人間国宝の名工たり得た技能だけでなく、その強い信念ある生き方に。

 

漆の良さ、それが合わせもつ美しさと類稀なる強靭さを、人の暮らしに少しでも広範囲に活かしたい。器はもとより、調度品、装飾品、建築、船舶と広がるその貪欲さは、己の扱う素材の素晴らしさに一片の疑いもない、迷いない心の成せる業でしょう。

 

私もものづくりの端くれですが、こうした信じる強さをもって行動することの大切さを、改めて教えてもらいました。そして、英語で「JAPAN」と呼ばれる漆器の魅力、もっともっと知りたくなった一冊でした。


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