集住の寿命

2016-11-23

〈なんだか寂しげな団地の解体現場。次はこうならない工夫が求められていると感じます。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は吹田市で完成を迎える木の家で、お客さまによる「施主検査」に立ち会ってまいりました。事前に私どもの検査を終えた上で、お引渡し前にお客さまに最終のチェックをしていただく時間です。

 

この木の家は千里ニュータウンの中にあって、今日の私はめずらしく電車を利用していました。そして南千里駅から歩いて敷地へと向かう途中、道路脇に「団地」と呼ばれる形態の集合住宅の解体現場が。

 

私が建築の志事をしているからかもしれませんが、建物が解体されるところは、何だか物哀しいものですね。今日は昨日よりもぐっと冷え込んで、そして曇り空でしたから、なおさらそんな気持ちがよぎります。

 

私自身は、小学校一年まで長屋に住んでいて、それ以降は戸建て住まい。こうした集合住宅で暮らしたことがないので感覚がわかりませんが、ここに住まわれていたご家族がこの場面を見たらどう感じるのかな、と思いながら前を通りました。

 

日本で最初の「ニュータウン」である、ここ千里ニュータウンの街開きは1962年。このあたりはその初期の頃の入居だそうですから、築50年と少し経った集合住宅群、ということですね。私より先輩です。

 

そして昨今、千里ニュータウンでは建物の老朽化、そして少子高齢化も進んでいることから、2005年ごろから「街の若返り」へ向けての取り組みが始まっています。こうした古い団地の建替えをそのメインとして。

 

そういう街の若返りそのものを私が批判する気はないのですが、今日この寂しげな解体現場を見て、果たして次にここに建つものは、どんな建築なのだろうか、と考えてしまったのでした。

 

というのは、写真を撮った私の後方には、既に建替え成ったマンションがあったからです。それはきっと間取りや広さの点で50年前の団地よりも向上していると想像できますが、でも、同じ普通の鉄筋コンクリート建築でした。

 

ちなみに集合住宅以外にも、千里中央・北千里・南千里などの地区センターエリアでも施設建築の建替えが進みつつあることもあって、減り続けていたニュータウン内人口は、2014年に増加に転じたそうです。

 

しかしその新しい集合住宅がみなそうした、大きな意味で旧態依然とした鉄筋コンクリート造の建物でいいのだろうか、私はそう思います。21世紀の現代、「集住」を支える建築のあり方はもっと進んでいるはず。

 

最近は「スケルトン&インフィル」という考え方がずいぶん浸透してきています。建物全体の大きな構造体(スケルトン)はかなり遠い将来を見据えて強固につくり、その内部空間(インフィル)はもっと柔らかくフレキシブルにつくる、という考え方です。

 

そうすることで、インフィル部分を時代に応じて入替えながら、永くその建物を使い続けることが出来る。そして例えばそのインフィル部分が木造ならば、安らぎある空間としつつ改装も容易にできますね。

 

50年前、そうした考え方も技術もなかった頃に建てられた「団地」たち。私には、たった50年でこうした大きな建築がその役目を終えてしまうのは大いなる無駄にしか視えません。それをまた繰り返していいのか。

 

建替工事とは別に、千里ニュータウン内では無印良品と都市機構が組んだ「MUJI×UR」プロジェクトなど、最近よく聞く「リノベーション」の取り組みもおこなわれていますね。こうした動向もまた、上記のような建築を求めていると感じます。

 

建築は社会の資産であり、その時点での思想と技術を可能な限り導入してつくられるべきもの。安易にまた50年経って解体するような建築をつくるのは愚の極みではないでしょうか。

 

私が大手設計事務所を辞めて木の家づくりに従事するようになったのも、ひとつにはそうした「建築の寿命」について疑問をもつようになった、ということがあります。ですからなおさら、そう感じる。

 

解体される団地の悲しげな姿を見るに、もう少しこうした集合住宅の世界もスクラップ・アンド・ビルドから脱却していかないと、建てられる建築が可哀相ですよね。

 

私が関わる「木造」の世界にも、その大きなヒントがあると想うし、そうした歩み寄りがなにより求められているのかも。そう感じつつ、50年など軽く超えて長生きしてくれるはずの木の家へと向かった私でした。


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