かたちの原点

2016-12-06

〈板張りの外壁が美しく保たれた木の家に、また教えられてきました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

先日、築13年になるお宅へ久しぶりにお伺いしました。阪神地域ではなく、泉北ニュータウンにある木の家です。何かと私を頼りにしてくださって、なのにご無沙汰していることをお詫びしつつのご訪問でした。

 

築13年ということで、外部のデッキ材がだいぶ傷んできています。その部分取替えのお話、他にもいくつかメンテナンス工事のお話をさせていただき、今後お見積をして、実施していくことになります。

 

今日の冒頭の写真は、そのお宅の外観。これを見ると、平屋のようですね。でも、実際には奥は2階建て。2階に玄関があって、1階へ降りるという、ちょっと変わった敷地に合わせた、面白いプランなんですよ。

 

それにしてもこの、青空に映える外壁の美しさはどうでしょう。見えている範囲の外壁はすべて唐松の板張り。この角度はちょうど真南からで、その13年間の陽ざしによって板はもう飴色に輝いています。

 

でも、デッキに使われた材などは、同じ唐松でも取替を要する状態になったのに、この外壁は同じく外気にさらされていながら、何故こんなに美しく保たれているのでしょうか。

 

その答えは、「雨に濡れないから」です。もう一度写真をよくご覧ください。一番左側に少し見える部分、この庇も何もない壁の部分は、グレーに変色していますね。他の部分とは色が全く違います。

 

そう思って他の部分を見ると、とにかく軒が深い。軒と90度の角度にある方の屋根の出を「けらば」と言いますが、これもとても深い。そして白い車の後ろ側にも屋根がかかり、外壁が濡れなくなっている。

 

また、先述のように平屋になっていることも、実はとても大きい。2階建ての場合よりも建物が低い分、その屋根の軒が外壁を雨からカバーしやすくなっている、というわけですね。

 

木材は、雨に濡れてまた乾く、ということを繰り返していくうちに、段々と色が落ちてきます。それがイコール傷んでいる、腐っている、ということではなくて、色素が落ちていく。それは仕方のないことです。

 

でも、こうして屋根や庇でしっかりとカバーしてあげられたなら、13年経ってもこうして、唐松の飴色を残した美しい外壁として維持することが出来る。この木の家はそれを、来るたび私に教えてくれるようです。日本に建つ木の家がもつべき姿のあり方を。

 

昔の木の家の外壁は、板張りかもしくは土壁か、その上に漆喰を塗ったものくらいしかありません。そしてそれらを美しく保つ一番の方策は、屋根を大きく、軒を深くすることでした。

 

その深い軒が同時に、夏の日差しを遮り、冬の日差しを屋内へ導き入れるコントローラーの役割も果たしていた。なんとよく出来た家のつくりでしょう、四季をもち、雨期をもつ日本という国にぴったりですね。

 

昨今は「メンテナンスフリー」に重きを置く方が増えているようで、雨にぬれても大丈夫な外壁として喧伝されているのが、私が好きでない、あのテカテカ光る「(タイル調の)サイディング」というやつです。

 

いやいや、サイディングは長持ちしても、そのジョイントのコーキングは傷むでしょう?そこは見ないことにして屋根の軒や庇を省いてしまう、そういう家づくりは、私には本末転倒としか思えませんね。

 

そうした方法より、屋根をしっかりと大きくし、庇をしっかりと出すことのほうがずっと価値がある。そうした「日本の家」がもつべき形の原点のようなものを、この木の家は改めて感じさせてくれます。

 

家は、その国の気候風土と人間の暮らしとをうまく調停することが、その何よりの使命。設備・機械に頼らず、建物のかたちでそれを実現することを、私たちつくり手は忘れてはならない。そう強く想うものです。


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