想いの深層

『つみきのいえ』   絵・加藤久仁生   文・平田研也   白泉社

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日の書評ブログは、久しぶりに絵本が登場です。本書の存在を知ったのは、先日参加したあるパーティでした。パーティと言っても少人数の親近感ある集いで、この本が朗読されたのでした。

 

読んでくださったのは、かお凛こと高橋かおりさん。そして朗読の伴奏はYocoさん。絵本の内容に加え、流れた曲、エリック・サティの「ジムノペディ1」との響き合いが心に残り、自分でも入手することに。

 

最初にタイトル「つみきのいえ」が読まれた時、かなり子供っぽいお話なのかな、と思いました。私の席は離れていて絵までは見えなかったので。でも聞いていくうちに考え直しました。これは深いぞ、と。

 

今回は絵本なので、ネタバレせずには書きづらいこと、お許しください。つみきのいえとは、家そのものが積み上げられていく家なのです。それも、徐々にせり上がってくる海、その水面に追われるようにして。

 

お爺さんがひとりで上へ上へと伸ばしていく家は、既に水没した家の上につくられているんです。そしてまた、今住んでいる家にも海面からの浸水が始まった。そこでお爺さんに起こったちょっとした事件。

 

お爺さんは、潜水服で水中へと潜っていくことになります。そこまで朗読が進んだ時、私は完全に絵本の世界に惹き込まれていました。建築に携わる私にとって、これは凄いファンタジーだと気づいたからです。

 

もうこれ以上は内容を書きませんが、お爺さんが潜っていきながら、かつて住んでいた家、今は水の中にある家で感じたこと、想ったことが、読者の心にも共鳴してくる、そんな絵本でした。

 

そして朗読を聞き終えた時、思ったんです。このお話は、「記憶」、そして「忘却」というもののメタファーとしてつくられた世界なのではないだろうか、と。

 

徐々に水に沈んでいく、かつて自分が住んでいた家。それはあたかも、鮮明だった記憶が徐々にぼやけていく、そんな人間の心の動きのように感じられます。ここでの海は「無意識の世界」の暗喩なのかも。

 

そして、そこへ潜っていくお爺さん。それは普段意識しない過去の記憶に触れにいく、そんな作業のようです。忘却の海の中、記憶の深層へ降りていくことで、かつて自分が抱いていた想いも甦ってくる。

 

そんなお爺さんの水の中への旅は、こちらをなんとも不思議な心地に誘ってくれるようです。今日のは私が抱いた感想ですが、朗読者のかお凛も、「読むたびに違う印象」だと言っておられましたね。

 

買ってから改めて、朗読の時にはわからなかった絵も併せてもう一度愉しみました。お爺さんが潜っていく水の中を描いた絵、そのゆらめく世界に、やはり心の奥、記憶の奥の深遠な領域を感じた次第。

 

私は普段、絵本と触れ合う機会があまりありませんが、時にこのようなとても印象深いものと出会うと、絵本にしか出来ない物語世界というのがあるなあ、という思いを新たにします。

 

それはきっと、短い物語と絵の構成には、全て文章で明記したものよりもずっと「含み」が多いからでしょう。読むたびに違った感じ方が出来る、本書もそんな豊かな含みのある一冊でした。


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