原田の森にて

〈休みの午前中、おもわぬ予定変更が、おもわぬ収穫を呼んできたんです。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は午前中お休みにさせていただき、お勉強の時間に。というのは、昨日読了した本が、明治・大正期の神戸を舞台にしたドラマだったので。いま頭の中が明治になっていて、知識欲に溢れているのです。

 

その時期の神戸を知りたくて、まずは神戸市立博物館に狙いを定めました。でも、普段は月曜休みなのに、今日に限って年末の休館日。ならばここで別の角度から、と向かったのが、今日の写真の場所です。

 

ここは「神戸文学館」。阪急王子公園駅から歩いてすぐ、動物園やプールがある区画の隅に建っています。道向いには横尾忠則現代美術館と県立美術館王子分館があり、煉瓦積みの風格ある建物です。

 

神戸文学館のことは、この外観の印象で覚えていました。でもなぜこの地にあるか、その出自は何か、そうした予備知識はゼロ。他にも神戸関連の文学作品を発見できるかも、という目論見だけで訪れた次第。

 

私の目論見は当たっている部分もあって、神戸市ゆかりの作家や作品の資料が展示されていました。小泉八雲、谷崎潤一郎、稲垣足穂、山本周五郎、横溝正史、遠藤周作、野坂昭如、妹尾河童、などなど。

 

そうした作家たちが神戸を描いた作品を知り、それもまた読んでみようと思いました。でも、実は今日の私にはそれ以上に、この建物が佇むこの場所の歴史のことのほうが、大きな驚きと学びになったんです。

 

この建物、その外観から「もしかして」と私が思った通り、元はチャペルだったそうです。それも、神戸市内で最古の木造屋根のチャペル。建築は明治37(1904)年という非常に由緒ある建物なんですね。

 

そして私が全く知らなくて、今日とても驚いたのは、王子動物園になっているこの場所が、元は関西学院の「原田の森」と呼ばれるキャンパスだったということです。チャペルは、その構内の礼拝堂だった。

 

関西学院は明治22(1889)年に、宣教師ウォルター・ラッセル ・ランバス氏によって創立されたそうです。その場所が神戸郊外のここ「原田村」だった。昭和4(1929)年に西宮市上ヶ原へ移転するまで、ここがキャンパスだったんですね。

 

移転後もチャペルはこの地に残され、戦時の神戸大空襲で破損しながらも生き延び、戦後は神戸博の施設、市民美術教室、アメリカ文化センター、王子図書館、王子市民ギャラリーと用途の変遷を経て、平成 18(2006)年に神戸市文学館となったとのこと。

 

平成5(1993)年に構造補強を含む大改修工事をおこなって、原形を維持しながら生まれ変わりました。現在は神戸市の景観形成重要建築物の指定、そして国の登録有形文化財の指定を受けています。

 

いやあ、行くまでは全く想像もしない、でも当初の目論見通りに、明治・大正期の神戸市の歴史、その一端を感じることができました。それも、今も生き続けている木の建物で。これは何かのお導きでしょうか。

 

最後に、原田の森という名称は、当時のキャンパスの中央に「原田神社」とその鎮守の森があったから、ということのようです。今日は、その存在を知ったばかりの原田の森、その往時の姿を想い描きながら帰途についたことでした。

 

※内部は写真が不可でしたので、WEBからのものを。とても素敵でしたよ。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です