揺れうごく巨艦

『お家さん(上・下)』   玉岡かおる 著   新潮文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

先日、「神戸文学館」へ言って学んできましたが、その「明治・大正期の神戸」に私が強く興味を惹かれたきっかけが、この本です。WEB上のどなたかの書評で知った本書は、ある商社と一人の女性の物語です。

 

「鈴木商店」というその名、私はどこかで読んだことがある程度の知識でした。この企業はしかし、日本初の巨大総合商社であり、神戸製鋼や日商岩井、帝人など錚々たる企業の生みの親なのですね。

 

そしてそのトップは一人の女性、鈴木よね。彼女を社員たちが尊敬を込めて呼んだ、それがタイトル「お家さん」です。これは「おかみさん」よりもずっと格上、商家の堂々たる女主人への呼称なのだそう。

 

上下巻併せて900ページの大著は、明治10年、砂糖商・鈴木商店へのよねの輿入から始まります。中身は一貫して、よねの回顧録的な独白の一人称と、ナレーション的な三人称の文章が交互に綴られる形。

 

そこから「鈴木の三白」と呼ばれるようになる砂糖・樟脳・薄荷の商いを経て、米や鉄、繊維を始め、およそ全てのものを扱う巨大商社へと発展していく姿、そしてその終焉までが描かれています。

 

本書の冒頭に近いあたり、以下の記述があります。「そんな鈴木商店を動かし、世界の海へと突き進んだんは、今で言う企業戦士、商売で国益を成そうと戦うサムライの心を持った男たちでした。」と。

 

このよねの言葉の通り、それは関西経済界の怪物と呼ばれた大番頭・金子直吉の恐るべき商才によるところが大きいのですが、しかしそれに口出しせず、社員たちの精神的支柱となった彼女自身の存在の大きさが共にあってのこと。本書からはそれが伝わってきます。

 

樟脳を求めての台湾への進出、傾きかけた鉄工所の買収とそこからの逆転劇、輸送船を自前でつくる造船所建設と、とかく波乱を呼ぶドラマティックな鈴木商店の歩みは、読めば胸躍る冒険活劇のよう。

 

そしてそこに常に貫かれているのは、「商人(あきんど)の一分」とでも言うべき、商売人としての哲学です。義をもってひた走る男たち、そしてオクを守る女たち。その人間たちの織りなすドラマに、私も何度こみ上げるものを抑えたことでしょうか。

 

物語の後半には、大正7年に神戸にも押し寄せた「米騒動」、市民による「鈴木商店の焼き討ち」という事件が描かれます。「米よこせ」「奸商を倒せ」と叫び、店に火を付け、物を略奪する群衆。燃えさかる炎。

 

平成の世からはうまく想像できませんが、日清・日露戦争、第一次世界大戦、戦後不況、関東大震災と、明治・大正期とは、良くも悪くも「世界」を相手にしつつ国内も揺れ動く、激動の時代だったのでしょう。

 

その大きな揺れに合わせるように巨大化し、そして揺り戻しの激しさに勝てずその巨体を沈めることになる鈴木商店。その太く短く、そして熱い軌跡に、誰しも胸を打たれること必至の、まさに感動巨編と呼ぶに相応しい好著でした。

 

※なお、このブログを書いていて、こんなサイトを発見しました。私もじっくり学び直すつもりです。皆さんもご興味おありでしたら。

鈴木商店記念館

 


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