鎮魂のつどい

〈あの日から22年。芦屋に来てはじめて、三宮での行事を訪れました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

いつも7のつく日は書評ブログ、となっているのですが、今回は明日にまわして、やはり今日はこのことを書きます。あの日から、22年。

 

芦屋に来てからその存在を知り、でも毎年志事と重なって行けていなかった行事に、今日は初めて訪れることが出来ました。神戸市役所の南隣り、東遊園地であった「阪神淡路大震災1.17のつどい」です。

 

冒頭の写真がその様子。たくさんの竹灯篭が並んでいました。今日の朝5時46分には、この竹灯篭に火が灯され、たくさんの参加者の皆さんが、鎮魂の祈りをささげられたということです。

 

私も毎年この日には、朝起きて一番に黙祷をすることにしています。そして今日は、竹灯篭を見た後に記帳をして献花を受取り、それを慰霊碑に捧げて、また手を合わせてきました。

 

私自身は、あの時に被災はしていません。でも、前職の昭和設計では、西灘、岩屋、そして三宮と、阪神地区での志事ばかりをしていました。なので当時の神戸にはいくつもの想い出があるんです。

 

そして、その三宮で私が設計したビルの現場が進んでいる時に、あの震災が起きました。もちろん被災された方々の痛みには遠く及びませんが、私にとってもそれは、何年経っても忘れられない出来事です。

 

そのあと志事も木の家づくりに変わり、そしてまた何かの巡り合せか、阪神地区を拠点として志事をするようになった私。今日は、知りつつ行けていなかった追悼の集いに参加できて、なんだか少しほっとしたような気分でした。

 

そして手を合わせた後は、その当時につくっていたビルへ。今日は入口の横に弔旗が掲げられていました。周囲にも、同様にしている建物がいくつもあって、やはり今日という日の重さを物語るようです。

 

22年も経つと、街からも当時の傷跡はもう見えなくなっています。そして私の長女もそうですが、今年成人になる方々はもう、あのことを知らずに育ってきた世代なんですね。

 

まさに隔世の感がありますが、でも、だからこそ忘れてしまってはいけないし、こうした集いにはそういう大切な意味がある。記憶を風化させないために。被災者の方もそうでない関係者も、次の世代へ自分の言葉で伝えるために。

 

そして私も、やはり毎年この日にはちゃんとこのことを書き、微力ながら自分なりに何かを発信することを止めてはいけない。白い献花を見ながら、今日は改めてそう想ったことでした。


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