センス・オブ・ワンダー

『星を継ぐもの』   ジェイムズ.P.ホーガン 著   創元SF文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

これは年末年始に読みきれず、通勤電車に持ち越した一冊。いわゆるハードSFの名作とされるもので、本国での出版は1977年。私が10歳の時ですね。それから40年経って、はじめてその世界を体験しました。

 

SFとはサイエンス・フィクションですが、その中でもハードSFは以下のような感じ。「科学性の極めて強い、換言すれば科学的知見および科学的論理をテーマの主眼に置いたSF作品を指す(Wikipedia)」。

 

本作はまさにその王道と言える作品。ある「謎」の科学的な検証と推論、そして実証がその全てだと言っていいでしょう。しかし、そう書くと堅苦しそうなこの物語に、ぐいぐいと惹き込まれてしまいました。

 

それは、その「謎」があまりにも壮大な、まさにSFファンの胸を躍らせるようなものだから。なにしろ、月面で宇宙服を着た人間の死体が発見され、その死亡推定時期は約5万年前、というのですから。

 

ちょっと脱線しますが、世にSF好きがいるのと同じく、またSF嫌いという方々もおられて、そういう嗜好の人はこういうファンタジーを「荒唐無稽」という言葉で一蹴してしまわれることが多いようですね。

 

私はと言えば、その読書歴をSFから始めた理系少年でした。星新一や小松左京、筒井康隆、眉村卓などの「ショート・ショート」と呼ばれるごく短い作品群が、その一番最初に触れた小説群でした。

 

もともと小さい頃から「世界のなぞ・ふしぎ」とか「未知なる宇宙」といった類の本ばかり親にねだっていたような子どもでしたので、その方面からいわゆる「大人の本」に入っていくのはごく自然だったんです。

 

そしてまさにその頃、1978年公開の映画『スター・ウォーズ』に、当時11歳だった私は大きな衝撃を受けました。子どもの頃に観たゴジラやガメラとは全くスケールと密度の違うSFの世界がそこにあったから。

 

そんな少年がそのSF好きのまま大人になり、徐々に多様な物語を読むようになって50歳の声を聞こうとする今、ちょうど私がSFに入門した頃の傑作を読むことになったのは、何かの巡り合せかもしれません。

 

本書の話に戻って、その5万年前の死体とは別に、今度は2500万年前の宇宙船が発見されます。本書はそれらから、人類が今まで知りえなかったひとつの歴史を紡ぎ出すものたちの物語なのでした。

 

これ以上は読んでいただくしかありませんし、実際かなり科学技術用語が氾濫する内容ですので、本作には向き不向きがあると思います。しかし、それを承知であえて世のSF好きに言うならば、ここには「センス・オブ・ワンダー」が溢れている。

 

これもWikipediaによれば、「SF小説等を鑑賞した際に生じる、ある種の不思議な感覚のこと。(中略)SF的な表現手法やアイディア、あるいは強烈なイメージによって、異化作用が特に働いた場合、生じることが多い。」

 

現実とは違うある世界に触れたとき、その違いというフィルターを通すことで現実世界の方に疑念や違った認識が生じる。この「異化効果」を楽しめるかどうかがSFを読む時の分岐点なのかもしれません。

 

本書には、緻密に構築された物語世界の中に、むしろそうした世界だからこそのセンス・オブ・ワンダーが大いに感じられます。時代を超えた傑作との呼び声は、まさに正当な評価だろうと感じましたね。

 

最後に、ちょっと残念なことを。本作に描かれた人間たちの世界は、西暦2028年です。あと、たった11年後なんですね。私が子どもの頃に「夢の時代」として描かれた21世紀、だったはずなのに。

 

ホーガンの描いた世界が現実にはまだ遠いであろうことは少し寂しいものでしたが、無論そんなことは本作の輝きに何ら翳りをもたらすものでないこと、付け加えておく次第です。


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