和洋を貫く

〈木の家の素材をよく知っているからこそ、そこに先入観が根を生やすこともあり得ると感じます。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日は、KJWORKSが設計・施工した木の家から一枚の写真をご紹介しましょう。これは、私がときどき、自分の感性をニュートラルに保つというような思いをもって眺めている画像なんです。

 

なかなか素敵な和室ですね。右手には掃出し窓に障子が入り、奥には同じく障子の入った地窓。正面は全体が収納ですが、右側は「吊り収納」になっていて、下部が一種の床の間のようになっています。

 

天井も板張り。畳は縁無しで、あえて全体には敷き詰めずに、掃出し窓の側は板の間としています。そのバランスがまた面白いし、少し濃い板の色が、部屋全体の色彩をキュッと引き締めている。

 

私がこの写真で見ているのは、その板の間の部分です。この無垢板はブラックチェリー材。私の芦屋の事務所「木の空間」に敷き詰められているのと同じものなんです。ちなみに「木の空間」はこんな感じ。

 

この2つの空間は、同じく無垢の木をふんだんに使っていても、だいぶ雰囲気が違いますね。しかし床はどちらも同じくブラックチェリーの板を使った仕上がり。ではなにがその雰囲気を違えているのでしょう。

 

それはブラックチェリーと呼応しながら、あるいは共鳴をしながら空間を形づくっている他の素材たちであり、その呼応の仕方、共鳴の仕方なのだと思います。そしてこの和室での使い方は、私には刺激的でした。

 

何が言いたいかというと、ブラックチェリーの床は、その横文字の名前もあってか、スッキリとして「洋」なニュアンスの空間になるという「思い込み」に陥りがちだし、私もそうだった、ということなんです。

 

しかし、そうした思い込み、先入観をもたず、フラットにモノの個性を観る眼があれば、このような「和」の部屋に違和感なくブラックチェリーをもってくる、という使い方ができる。

 

即ち、材料そのもののもち味には、「和」も「洋」もない。多分に和風な感覚をもつ素材であっても、その使い方次第で「和」から脱却して新しい味わいを感じさせることが出来るし、逆もまた然り。

 

私たちプロであっても、いや、プロであるからこそ、素材のもち味について多くを理解しているが故にこそ、そうした先入観に縛られてしまう危険性と隣合わせなのかもしれません。

 

なので、時に自分の感覚を一旦白紙に戻す、というようなことを故意におこなわないと、すぐに「慣れ」という惰性が口を開けて待っている。そういう意識は、プロにこそ必要なものなのだと感じます。

 

そして私にとって、無垢の木の床材についてのそうした「白紙に戻す」ような意味合いをもっているのがこのブラックチェリーを床に使った和室の写真、というわけなのでした。

 

これを見ると、良い素材には和と洋を貫く魅力がある、ということがよくわかります。要は使い方次第であり、その使い方を模索するのが私たちプロの役割なのだということも教えてくれるよう。

 

素材をよく知り、かつその素材と先入観なくつきあう。これは簡単なようで難しいことですが、しかしそうしたニュートラルな関係を時に思い出して自省するだけでも、大いに意味はあると感じる次第です。


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