地に足つけて

〈眺めは良くても、そこで毎日暮らすのは怖い。そういう建物の意味を考える時間でした。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨日は役所まわりのことを書きましたが、その中で大阪府の建築指導室へも足を運びました。今日はそこで思ったことを。また愚痴になりかけたら申し訳ありません。

 

私などは「大阪府へ行く」というと大阪城の近くを反射的にイメージしてしまいますが、今は建築関係の部署は南港の「咲洲(さきしま)庁舎」にあるんですね。今回もまた、あやうく間違うところでした。

 

この咲洲庁舎は、以前は「WTC(大阪ワールドトレードセンタービル)」と呼ばれていた建物です。第三セクターの破綻など色々あって、2010年6月から、大阪府の庁舎になっています。

 

今日私が訪れたのは、27階。冒頭の写真はその階から阪神方面を眺めたところです。海沿いに建つ超高層ですから、その眺めのよさは凄い。オフィスからは明石海峡大橋が一望できました。

 

このビルは高さが256mあるそうで、現在日本一であるあべのハルカスの300mよりはだいぶ低い。でも、高いところが苦手な私には、もうこれで充分過ぎるほど高い。正直、写真を撮るのが怖かったです。

 

そしてハルカスも、近く日本一でなくなります。東京駅前に出来るビルは390mもあるそうで。でも、私が高いところが苦手だから言うわけではありませんが、そういう競争に果たして意味はあるのでしょうか。

 

もちろん、競争しているわけではないと思いますが、上へ上へと積み上げていく建築のあり方には、やはり疑問を抱かざるを得ません。特に昨今は地震による被害が頻発していますから、なおさらですね。

 

人智による建築構造の限界を目指す、そのひとつの指標として「高さ」というものがあるのだろうと想像はつきます。でも、その限界への歩みの中で「人間」が見えなくなっているのではないか、そう思うんです。

 

今日も上下移動は当然エレベーターでしたが、こういう電気仕掛けの、そしてセンサーなど電子仕掛けのものは、何か災害の際にはすぐに役に立たなくなります。そうした時、人はこのビルから避難できるのか。

 

人が自力で走って避難できることが、災害時の基本でしょう。ワンフロアの面積が広ければ、水平方向に分散避難しやすいですが、細く高くつくられた建物では、逃げ場をなくしてパニックに陥りやすいはず。

 

どこかの国のように高さが1000mというような建造物を目指すのではなく、もはや予期できない自然災害の発生を前提とするなら、いま日本が目指すべき建築のあり方はもっと別の方向にある。私にはそう思えてなりません。

 

と言っても、全ての建築物を低層にし、大地に近いところで暮らすべきだ、などと非現実的なことを言うつもりはないんです。それが出来れば一番だとは思いますが、なかなか現状そうはいかない。

 

しかし、高層建築であっても「地に足のついた暮らし」は可能だと、私は思います。しかしそれは、今の「狭い土地の有効利用」としての細長い超高層建築では、まず無理な話でしょう。

 

戸外で寛いだり、散歩したり、ジョギングしたり。そしていざという時には自力で危険から逃げることが出来る。そうしたことを担保するのはやはり「地面」だし、それを採り込んだ高層建築であってこそ、そこに人間らしい暮らしが育まれるのではないでしょうか。

 

屋外の自然環境と応答する家、というのが私のつくりたい家の条件のひとつです。もし私がもっと大きな建築をつくるとすれば、その自然環境を何かしら建築の中へ引っ張り込みたいと考えますね、きっと。

 

なお、私はハルカスの展望台も行ったことはなく、大阪府咲洲庁舎は久しぶりにそんな高層階まで上がった建物でした。建築のあり方を考えるための刺激にはなったけど、まあ時々でいいですね、こういうちょっと怖い刺激は(笑)。


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