土産話をききながら

〈イギリスから戻ったお姉ちゃんから、彼の地のことを色々と聞く夕餉の時間でした。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

まことに申し訳ありませんが、今日は親バカ丸出しの話になるかと思います。手短に済ませますが、ご興味ない方はすいませんがスルーでお願いいたします。

 

昨日のブログでも少し触れたとおり、今日、うちの長女が帰ってきました。イギリスの古都・ウィンチェスターでの、約5ヶ月の留学でした。無事に戻った夜、私も志事から帰宅して久しぶりに5人で晩ご飯です。

 

当然、皆が長女にイギリスでのことを聞きますし、彼女からも話したいことがいっぱいあるようです。それだけでも彼の地での時間が楽しいものだったことが感じられて、親としてはそれだけで嬉しいものですね。

 

向こうで飲めるようになったそうで、一緒に缶ビールで乾杯を。そして久しぶりの日本の鍋をつつきながら、色々と話してくれました。こういう鍋に入れるような薄切り肉はイギリスにはない!とか(笑)。

 

向こうでは大学の寮に入っていたので、そこでの「フラットメイト」とのエピソードや、そして向こうでの冬休みの間に体験したホームステイのこと。良き人々に恵まれたと、自分でも言っていました。

 

やはり最初は同じ世代の英国人たちとのコミュニケーションに戸惑ったようです。でも段々と打ち解けてたくさん話もでき、そんな日々の中でお国柄の違いのようなものも感じられた、と。

 

でも、向こうの冬休みが重なって、休みに入った途端、日本からの留学生だけになったそうです。寮生も実家に帰るんですね。そこでちょうど現地のご家庭にホームステイが出来たのもラッキーだったみたい。

 

ホストファミリーの皆さんと一緒に、日本とは全く違うクリスマスを過ごすことができ、英国の暮らしの中での大きなイベントに触れることが出来たのは、きっと彼女にとっても得難い経験だったことでしょう。

 

話を聞きながら、今回の経験で彼女が、国によっての「相違と共通」、どちらもそう認識した上で思い出にできたようなのが、嬉しく感じられました。例えば、愛情表現は違っても、肉親の情は一緒やね、とか。

 

思うに、異文化体験とはただ体験として流すのではなく、そこから彼我の違いを想い、結果として今までの自分に染み付いていた「あたり前」を客観視してこそ、より得るものがあるのだと思います。

 

私も数えるほどしか外国は知りませんが、彼の地で何日か過ごす中で違った風習や暮らしぶりを見れば、それが自分の中での別の基準として備わり、そこからまた「日本」を見る目が変わる。

 

今回は、留学の間に成人になった彼女。特にそうした若い感性の間にこのような留学というかたちで少し長めに外国で暮らしてみるというのは、何ものにも代え難い価値があったはず。

 

ウィンチェスターはイングランドの都だった街で、自然が豊かで古い町並みが素敵な、とてもいいところだそうです。どの国でも、そうした街はきっと美しいでしょう。英国未経験の私も、一度は行ってみたい。

 

もうロンドンは案内できるよ、と豪語していましたので、そのうちお姉ちゃんにガイドしてもらって行けたらいいね、とは夫婦の感想。土産話を聞きながら、そうした目標が出来るのもまたいいものです。

 

いつだったか彼女が晩ご飯をしてくれた時もそうでしたが、子どもが今までよりステップアップした自分を私たち夫婦に見せてくれる、それ以上の喜びはありませんね。今夜はそんな幸せに浸った夜でした。


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