転換点の視点

『雷神の筒』   山本兼一 著   集英社文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨年10月に同じ作者の『おれは清麿』を採り上げました。伝説の刀鍛冶の物語でしたが、その読後感の良さが私をこの本へ導いてくれました。今度は刀でなく、鉄砲の物語です。

 

主人公は橋本一巴(いっぱ)。実在の人物です。青年期の織田信長に鉄砲術を指南した男として、史実にも残っているようですね。作者による主人公紹介は、冒頭にこうあります。

 

「骨太だが、無骨ではない。洒落者にして無欲恬淡。九年前、初めて鉄炮を手にしたその日から、鉄炮の威力に魅了され、鉄炮のことばかり考えて生きてきた。尾張近国で、鉄炮狂いの一巴を知らぬ侍はまずいない。」

 

その鉄砲狂いの一巴が主君織田信長に説いた鉄砲の有用性とその改良への苦心、そして信長がそれを推し進め、結果的に一巴と信長の違いが生んだ軋轢が本書のテーマだと言えるでしょう。

 

圧倒的に強い鉄砲隊をつくれば、天下が平定でき、人々に安寧な暮らしが約束できる。一度はそう信じた一巴が、信長の鉄砲大量使用に疑念をもち、生きる意味に苦悩する様が描かれます。

 

しかし本書は、別の見方をすれば、信長による天下布武の動きを「鉄砲」という視点から再構築したドラマだとも言える。そう感じましたし、そこが私には非常に興味深かったのです。

 

鉄砲の改良と大量生産が、戦の形を変えていった。しかしその歴史の裏側に鉄砲製造の進化の歴史、そして副材料としての弾丸や火薬などを確保せんがための苦労の歴史があった。

 

本書からは、そうした側面に関わる一巴の活躍や苦労を通して、日本の鉄砲史、それも生きた歴史を知ることができます。中でも特に面白いのが、火薬の元になる硝石を求める話。

 

硝石を入手できる場所を求めて海を渡るも、志那産のものも手に入らない。そこで一巴が知った硝石の自家製産法というのが、まさに今で言うバイオテクノロジーと言える方法でした。

 

以前に別の本でも読んだことのあるこの「富山の塩硝」は、蚕の糞と薬草、そして人尿を使ってつくるのだそうです。そうした技術を一体どうやって発見したのか、そこがまた非常に興味深い。

 

あまり内容を書いてはよくないので、このへんで。しかし、一巴の活躍を通じて語られる「鉄砲」の変遷を知ると、この鉄の筒の登場が歴史の大きな転換点であったことが理解できます。

 

本書は、その転換点の側から信長の全国統一を描こうとする試み。日本史上のエポックメイキングな武器が事実上の主役という、これもまたエポックメイキングな時代小説だと言えるのではないでしょうか。


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