ものづくりの芯

〈中学一年生のバレンタインに、大人も見習うべき無垢な気持ちを見た気がしました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はまたしても親バカ的話題にて、失礼いたします。今日はバレンタインデーということで、冒頭の写真はうちの末っ子(中学一年生女子)がつくったチョコ入りクッキーたちです。

 

私自身はバレンタインデーという西洋の風習にはあまり興味はありません。でも子どもたちは熱心ですし、特に中学生の末っ子には、男の子というより友達同士でチョコなどをやり取りする大事な日のようです。

 

今回も何日も前から材料を買い込んだりして「手づくりチョコ」の準備を進めているので、「今年は何人分つくるの?」と聞くと、なんと50人分だという。驚いて思わず「なんでそんなに多いの?」と。

 

聞けば、彼女が所属するバドミントン部の先輩たち、そして同期の皆の分だそうです。特に受験の時期の先輩にはチョコで元気をあげたい、とのこと。いや、なかなか感心なことではありませんか。

 

クッキーの生地をつくるところから、休みの日や朝晩の時間を利用して、こつこつと作業を進めています。いつもは寝坊助のはずなのに、今回はちゃんと朝6時に起きるし、少し夜なべもしていたようでしたね。

 

親バカのそしりは甘んじて受けますが、私が彼女を偉いと思ったのは、義務感でやっているのではないこと。本当に、友人たちや先輩たちに喜んでほしい、と思っている。それは話をしていればわかります。

 

であればこそ、朝早くから、夜更かしをしてまでやろうという気になるのでしょうし、実際作業をしている時の彼女は、ちょっとは勉強もこうあってほしい、と思うくらいの集中ぶりだったんです。

 

本人がどう考えているかは別にして、私は傍で見ていて「ものをつくって差し上げる」ということの本質を見た気がしました。喜んでいただけることが嬉しくて、そのために全力を尽くす、ということを。

 

そうした彼女の無垢な心、純な気持ち、そういうものは私たち大人も同様にもっているべきだし、それは恥ずかしいものでも何でもない、言わばものづくりという行為の中核をなす「芯」なのだと思うのです。

 

そういう私自身、ものづくりに携わっています。木の家はプレゼントではないですが、ご本人の代わりに「つくって差し上げる」という点においては、バレンタインの手づくりチョコとなんら違いはありません。

 

そうした「あなたの代わりにつくって差し上げる」という行為に自身の喜びを見出すこと。そうした営みが、つくるものに何か目に見えない力を与える。それは実は皆が肌で知っていることではないでしょうか。

 

無心にチョコ入りクッキーをつくる娘から、今回は大事なことを教えられた気分です。なお、御礼にと思って少し手伝ったところ「お父さん、もういい」と一蹴されたことも、合わせて記憶に残る出来事でした(笑)。

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