他者の眼をかりて

『白洲正子の生き方』   馬場啓一 著   講談社文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

故・白洲正子女史のことをはじめて知ったのはいつだったか。おそらく、20代後半ごろだったのでしょう。私の手元には雑誌『太陽』の1996年2月号があり、これが「白洲正子の世界」という特集を組んでいます。

 

その表紙は三宅一生のプリーツ・プリーズをまとった白洲さん。これが亡くなる2年前、86歳の時の写真です。その雑誌を買った私にとって、白洲正子は「目利きのおばあちゃん」として始まったのでした。

 

その後多くの著作を読み、記念館として公開されている町田市の元自宅「武相荘(ぶあいそう)」にも行きました。また私の読書遍歴にも、白洲正子を起点としてその縁者へと広がっていく大きな流れがあります。

 

そして昨日も書いた古代ガラスや骨董の世界、日本の伝統工芸の世界の存在も彼女から教わりました。己の嗜好をつくった恩人とも言える人物なんですが、しかしまだ私にはその全貌が掴みきれていません。

 

私も50歳、白洲さんが著作活動をさらに進化・深化させた年代になって、またその熱が再燃してきています。つまみ食いでない深さで氏の世界を感じ取りたく思って、サブテキストとして入手したのが本書です。

 

馬場啓一の著作も初読。本書を入手してから調べると、この前に『白洲次郎の生き方』という著書があり、その取材を通じて奥さんの方の深さにも触発され、今度はそちらで出版に至った、ということらしい。

 

いずれにせよ、白洲正子本人の著作からは見えにくい部分が、かえって第三者による白洲正子論によって補完されるというか、見え方に刺激を与えてくれるというか、そうしたことを期待しての読書だったんです。

 

読了後、その目論見はおおよそうまくいったと感じています。お能をその中心軸として、骨董、花、きもの、旅、それぞれのジャンルを白洲正子がどう生きたか、それが著者の眼を通して描かれてありました。

 

白洲女史が色んなところに書いたもの、対談などで話した言葉、そうしたものから自分が何となく漠然と感じていることが、また別の人の手によって再構成される。それを読むのもまた刺激的なものですね。

 

中でも、私が白洲正子という人のキーワードだと思う歌が重要なポイントとして登場したのには、我が意を得たりという感じでした。それはこういう歌です。きっと皆さんも見たことがおありでしょう。

 

なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる

(どなたさまがいらっしゃるのかよくはわかりませんが、おそれ多くてありがたくて、ただただ涙があふれ出て止まりません)

 

これは、西行が伊勢神宮で詠んだ歌です。ここに詠われたのが白洲正子の表現活動の根本にある「日本的なるもの」だと思うし、神道でも仏教でもない、日本のアニミズム、日本人の自然観だと思います。

 

そうした「えも言われぬもの」の有り様を、それぞれの道に自ら深く実践することを通じて自身の言葉で世に問うた者こそ、白洲正子という人物ではなかったか。

 

ことはそう簡単でないとは承知ですが、時にこうして他者の眼を借りることで違った部分に焦点が合ってくるというのも、迫るべき巨人へのアプローチとして刺激的。そう大いに感じられた読書となりました。


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