不出来な菓子から

〈勿体無いことをしない、生きていられることに感謝する、そんな話を娘にした3月11日でした。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。3月11日、東日本大震災から今日で6年ですね。被災者の皆さまに改めて、心よりお見舞い申し上げます。

 

私は今日は、午後から家族の用事があるので、朝から自宅にて作業でした。特に打合せがなかったのと、今日という日にやるべきことがあって。それが冒頭の、出来損ないっぽい不揃いなクッキーづくりです。

 

先月のバレンタインの時、中学生の娘が手づくりのチョコを載せたクッキーを焼いた話をこのブログにも書きました。心を込めて手づくりするのは良いことですが、実はその後に私が注意したことがあったんです。

 

クッキー生地をハート形に型抜きすると、周囲の部分が残ります。50人分つくっていたので、そのヘタの部分も結構な量になる。それを娘が無造作に捨てようとするので、「そんな勿体無いことはダメ」と。

 

私は両親から、「食べるものを粗末にしない」ということを厳しく躾けられて育ちました。食事をいただく時の行儀作法と共に、それは私のものの考え方の真ん中に位置している、そう自分でも思います。

 

そして、両親ほど厳しくはありませんが、私も極力子どもたちにそういう話をしてきたつもりです。でも上記の通りあまり身についていない部分もある。今日はそれを行為で示してやろうという算段でした。

 

捨てずに冷蔵庫に入れさせたクッキー生地の残りと、これまた冷蔵庫の隅にあったチョコの切れ端を砕いて、暖かいミルクを足して練り、オーブンで焼きます。私はお菓子は初めてで、焼き方は娘に聞いて。

 

まあ、元の素材がちゃんとしたものですから、形は悪いですが味はまともです。焼きあがったクッキーを、娘と2人で食べました。「捨てんと置いといたら、こうやってまた使えるやろ?」なんて言いながら。

 

わが家のダイニングからは、道向かいの保育所が見えます。今日は3月11日ということで、国旗と市旗が弔意を示す「半旗」で揚がっています。その意味も説明し、不揃いなクッキーを食べながら、話をしました。

 

この家は阪神淡路の時も東日本の時も被害はなかったけど、いつそうなるかわからない。災害があって、食べることに困った人たちがたくさん居る。ものが食べられることの有難みを忘れたら、絶対あかんよ。

 

生きることは食べること。食べものを無駄にしてはいけない、こうして別の方法で食べることを考えればいい。勿体無いことをしたら、食べものをつくる人にも、食べられず困っている人たちにも申し訳がない。

 

実際にものを捨てずに再利用しながらの話でしたので、娘にも少しは伝わったようです。食べたあと、「おじいちゃんにお供えしよか」と言って、先月亡くなった義父の遺影にクッキーを供えてくれました。

 

生きるのに困ったことのない、恵まれて育った子どもたちにも、やはり折に触れてこういう話をすべきだし、そうした躾こそ親の務めですね。今日は、少しはそういうことをしてあげられた気がしました。


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