建築の嘘と真

〈立派な寺社建築が、思わぬ本末転倒になっている、そんな記事を読みました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はある建物のことで、「?」となった話を書きます。あらかじめお断りしておきますが、以下はあくまでも私見にて、当事者の方にも、あるいは他の皆さまにも、色んな考え方があるだろうと思います。

 

ある建築雑誌のWEB記事に、薬師寺「食堂(じきどう)」の再建工事がほぼ完成した、という話題がありました。その再建工事に採用された最新の技術の紹介という主旨の記事。そう言えば確か先月、新聞にも載っていましたね。

 

その最新技術というのが、BIMと呼ばれるもの。BIMとはビルディング・ インフォメーション・モデリングの略で、簡単に言うとコンピュータ上に建築物の3次元モデルを丸ごとつくってしまうこと。と言っても単なる3次元CADではありません。

 

そこに表面仕上げの情報やコスト情報など、様々な設計・建設に必要な情報を埋め込み、このモデルを設計・施工から竣工後の維持管理にまで使う、という仕組み。いわば、仮想建築が図面の代わりをする、という感じでしょうか。

 

今回の薬師寺食堂の再建ではそのBIMの技術が活かされ、昔ながらの伝統工法と宮大工がもっていた規矩術といった情報がデータとして定着でき、再現可能な形で残すことができた。そんな意味のことが記事には書かれていました。

 

なるほど、伝統的な建築技術が否応なく廃れていく現代という時代において、こうしたデジタルデータ化というのも、先人の知恵を後世に遺す意味でとても意義深いことだと思うし、データ化とはこういう使われ方をすべきでしょう。

 

なのでこの記事も、その点では大いに感心しました。しかし、実はこの記事には、その功績を台無しにしてしまうと感じたほどに、私には信じられないことが書かれていたんです。それを読んで、本末転倒とはこのことだ、と思いました。

 

冒頭の写真が再建成ったその食堂ですが、この建物は木造でなく、鉄骨造だというんです。外観は周囲の建物に合わせたが、実際の内部構造は鉄骨で、BIMによってその形状を伝統工法のかたちに合致させたのだと。

 

理由としては、内部空間の活用法として大人数の集会のようなものも想定されるので、柱のない広い空間が必要となったから、とあります。いやいや、そんなもんもっと他に方法があるでしょ。木造をやめる理由にはならないでしょ。

 

私は、鉄骨造を忌み嫌っているのではありません。BIMという技術もすごいものだと思います。しかし、そんな最新技術を駆使してつくったものが、外観だけ木造で、実際には鉄骨造という「イミテーション」でいいのか?そう思うんです。

 

皆さんは天王寺にある「一心寺」というお寺をご存知でしょうか。これも賛否両論あるでしょうが、この境内の建物はRCあり、鉄骨あり、かなり入り混じっています。でもどの建物も伝統木造の模倣ではなく、独自の造形で建っている。

 

鉄骨造には鉄骨造らしい、コンクリート造にはコンクリート造らしい「かたち」があると思います。その雄々しい建築の構造体が感じられ、その素材の持ち味が大いに活かされた建築にこそ、我々は感動するのではないでしょうか。

 

おそらく薬師寺の場合にも、よんどころない事情があったのだろうとは思います。でも、最新の建築技術を駆使して、私から見ればイミテーションである建築が出来上がるということが、とても悲しく、寂しく感じられたのでした。

 

建築をつくるとき、その素材と構造、仕上げの組合せは誰もが自由に発想し得るべきです。しかし、そこに「嘘」はよくない。嘘が見える建築を人は「ハリボテ」と言うのではないか。嘘のない、真を尽くした建築を求めるべきではないのか。

 

今日はかなり批判的な文面になってしまいましたが、一人の建築屋のたわごと、皆さんはどうお感じになりますか?


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