夫婦のミステリー

『東慶寺花だより』   井上ひさし 著   文春文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

変な名前の映画を、Amazonプライムビデオで観ました。『駆込み女と駆出し男』というんです。そのタイトルと、どうも時代劇らしいその絵面が気になって。そして鑑賞後にその原作を手に取ったのが本書。

 

映画は大泉洋主演で愉しめましたが、それは何よりその舞台設定に負うところが大きい。いわゆる「駆け込み寺」、鎌倉の東慶寺とその御用宿(ごようやど)である柏屋。人間ドラマが起きること必定の場所です。

 

その柏屋に居候しつつ物書きをする男が主人公。「駆出し男」とは、戯作者としても医者としても半人前の彼を表した言葉ですね。彼を巻き込んで駆け込み女たちが起こす悲喜劇、という感じの映画でした。

 

原作が井上ひさしと知って即入手した本書、その東慶寺と柏屋を舞台に原作はどう展開するかが楽しみでしたが、最初にちょっとびっくり。原作は連作短編集だったんです。ははあこういうのも映画になるのか。

 

舞台と主人公は同じの一話完結の物語が15話。全て「駆け込む」人が違い、それぞれの独自性あふれる物語が展開します。15人は15様の駆け込む理由をもち、そのどれもが人という生きものについて考えさせます。

 

ここで「駆込み寺」を少し補足しておきますと、妻から夫を離縁することができない江戸時代にあった制度です。東慶寺に駆け込み、二年間をその中で暮らせば、夫は離縁状を書かなければならない、という。

 

こういう幕府公認の「縁切寺」は女性のためのアジール(隠れ場所、聖域、保護区、避難所)であり、日本人による素晴らしい発明だと著者は言います。著者自身の東慶寺講義が巻末に収録されているんですね。

 

15の物語に戻りますと、各話の詳細は是非ご一読をとしか言えませんが、私が心地よく読み進めたのは、駆け込もうとする人たち(あえて人たちと書きます)の「謎」が読者を引っ張っていくからでした。

 

柏屋の主人、あるいは時には主人公自身が、駆け込み志願者の事情聴取と記録をおこなうのですが、その時点で何故駆け込むのかが理解できない、そんな話ばかり。つまり本書にはミステリーの要素もあるんです。

 

しばらく御用宿に逗留している中で、色んなことが起こる中で、その謎が解けてくる。そこに読者は惹き込まれ、その結末に及んで江戸の昔の人間関係、夫婦の有り様に想いを馳せることになるんですね。

 

そしてさらにこの短編集は、それらの人間関係、人生模様を目の当たりにすることで、その人間としての幅を少しずつ広げていく男の物語とも言える。すなわち主人公の成長劇でもあって、それもまた魅力です。

 

タイトルに「花だより」とある通り、各話それぞれに違う花に託された鎌倉の四季を背景にして、15通りに展開する、井上ひさし一流の人情のドラマ。映画はその中のいくつかを組合せてつくられた脚本でしょう。

 

ですから、映画を観てからでも充分に愉しめますし、原作を読んでから映画を観ても、やはりそのアレンジの仕方が愉しめるのではないかと感じました。ご興味おありの方は、どちらからでも、是非に。

 

※いま改めて映画の予告編を観てみたら、「原作」ではなく「原案」とありました。確かに、そういう感じでしたよ。


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