五感の景

〈奥さんとふたり、京都へ。新緑の美を堪能できる場所で、浸りきって癒される時間でした。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はお休みをいただき、「今年は京都に行く」と宣言している奥さんを連れて、私の中で「美しい新緑」と言えばここ、だと思う場所を訪れました。お天気は今ひとつでしたが、時折晴れ間も出て何より。

 

訪れたのは京都は八瀬にある「瑠璃光院」です。中村外二・佐野藤右衛門という、私が属する木の家づくりの業界では誰もが知る最高峰の手になる建築とお庭、その織り成す構成の妙は、本当に素晴らしい。

 

正直、今日はそれを賞賛する文章をわざわざ書くことに意味を感じないほどに、あるいは私の拙い文章ではそれを表現できるとは思えないほどに、その美しさに打たれてきました。奥さんも感動した様子。

 

言葉を要しないその美を、冒頭のものをふくめ何枚かの写真でご堪能ください。

 

 

 

 

如何でしょう。自分でもよく撮れたと思う写真たち、やはり被写体が素晴らしいのでしょうね。でも、実は今日私たち夫婦がこの景色と同じくらい感動したものがあります。それは、写真からは伝わらないもの。

 

この美しいお庭の風景には、いくつものこれまた美しい音が重ねられているんです。それは風が鳴らす葉擦れの音、水の流れる音。澄んだ鳥たちの声、そして街中では聞くことのないような響きの、蛙たちの声。

 

写真には人は写っていませんが、私たち夫婦の他にも何人もの方がおられました。でも、皆さん静かにしてらっしゃる。この美しい色と音が紡ぐ風景が、人を黙らせ、人の耳を鋭敏にしている、そんな感じ。

 

カメラのシャッター音すらうるさく感じられるほどに、眼と耳から同時に、かつ別々に入ってくるものが己の中で一体化するそのハーモニーは、もう「妙なる響き」としか言いようがない、精緻なものでした。

 

さらに言うなら、この空間に流れる微かな風、それが運ぶ緑の香り。座っている畳や板間の感覚、思わず触れてみた杉苔の手ざわり。「体験」という名で人が呼んでいるものは、それら全ての統合なのだなあ。

 

言ってみればごくあたり前のそんなことも、それぞれの感覚器官が冴えわたってくると、別格の時間をもたらしてくれます。何も喋らずただその場に居て、その全部に「耳を澄ませて」いたひとときでした。

 

この時期だけの、五感全てが緑のもたらすものに浸るような時間は、かほどに人を癒やすものが他にあるかとすら感じさせてくれますよ。八瀬・瑠璃光院、春の特別公開は、6月15日までです。


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