見えない戦

『真田騒動 ~恩田木工』   池波正太郎 著   新潮文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

昨年のNHK大河ドラマ終了後、真田ロスに悩まされている人が多い、なんて話をどこかで聞きました。私はそもそも観ていませんが、著者が『真田太平記』とは別の真田をどう書くかが気になり入手した一冊です。

 

長編小説かと思っていたのですが、実際には短編小説集でした。幕藩体制下の真田家の話であることは共通ですが、時代も主人公も違う5つの物語。うち『錯乱』は、直木賞受賞作なのだそうですよ。

 

私は大河ドラマ『真田丸』は観ていませんでしたが、昔の『真田太平記』で真田幸村を演じた草刈正雄が今度は父親の真田昌幸を演じたのは知っています。そして主人公の兄・真田信幸が大泉洋であったことも。

 

本書収録の5編に最も多く登場するのは、その真田信幸でした。そして、彼の決断によって真田家が生き残り、それが故に背負うことになった真田の宿命というものも、全編に色濃く反映されています。

 

その宿命とは、父と弟は西軍、兄は東軍、それぞれの信義に従って選んだ道であったはずが、天下が治まった後に「家名を残すための策略」と見られたこと。幕府から目を付けられ監視される藩だったのですね。

 

隙あらば藩の失政を指摘し国替えなどで消耗させようと狙う幕府と、それを智慧で乗り切ろうとする真田の一族。初代藩主・信幸から6代・幸弘まで、各話を通底してその見えない「戦」が横たわっています。

 

本書を読み、そして著者のエッセイなども読むと、著者はあちこちでこの幕藩体制というものの軋みについて書いていますね。現在の国と地方自治体との関係とは全く違う、支配を維持せんがための実情について。

 

『錯乱』もその中央と地方の駆け引きの渦中にいる人間の物語でした。それは今で言う「二重スパイ」という存在。他人を騙すことが日常になった人間、それも自分が操り人形だと知る人間の哀しさが滲む作品。

 

そして本書のタイトルにある「恩田木工」というのは人物の名前です。飢饉による逼迫がもう限界にきた藩の財政を立て直した家老の物語で、これもまた面白いのですが、ここにもやはり江戸幕府の軋みが見える。

 

いわゆる「米本位制経済」の限界が見えてきて、各藩もそして幕府も、財政を維持していくのが困難になってきている。そうした江戸時代の経済事情の変遷も、同じ松代藩を舞台とした各話から読み取れます。

 

あるいは著者がもつ幕藩体制への問題意識が、こうした連作をものにさせたのかもしれません。戦のない太平の世とはほんの表面だけの話で、構成から見れば幕末の動乱へと徐々に悪化しているのだ、と。

 

一皮剥けば権謀術数による中央との戦、そして治世という民との戦が藩を揺るがしている。そうした見えない戦を描いた連作、共通項をもつ短編集ならではの、話をまたいだ気づきをくれる一冊でした。


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