法と城郭

〈名古屋城の再建のニュースに、その歴史をふまえて色々と思うところがありました。〉

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

今日はお城のお話です。今日見たニュースに、名古屋城の木造再建のことが載っていました。河村市長さんが強く主張しておられた計画ですね。それがいよいよ本格始動する、という記事だったんです。

 

私も木造建築にたずさわるものとして、この木造再建の話はもちろん知っていました。でも「再建」となったそもそもの経緯や技術的な詳しい話はよくわかっていなかったので、その記事をじっくり読みました。

 

さて、皆さんも日本全国にたくさんの城郭建築があることをよくご存知だと思いますが、いわゆる「天守」をもつ城で、その創建当時の姿をそのまま残しているものは一体いくつくらいあると思われますか?

 

答えは12です。どこまでを「天守」と見るかは色々な説もあるので一概には言えませんが、天守をもつ城はおおよそ60ほどあるそうなので、となると現存する創建時の天守は1/5だけ、ということになりますね。

 

現存天守の中で、私たち関西人に馴染みのあるのは、何と言っても姫路城でしょう。あとは彦根城。どちらも国宝になっています。ちなみに国宝指定を受けている城郭はあとふたつ、松本城と犬山城です。

 

では残りの4/5は何か。そこにまた色んな名称があり、「復元天守」と「復興天守」のふたつに分かれます。復元天守は元々あったものを復元したもの、復興天守は資料不足などで再建に「推定」が混じるもの。

 

大阪城は「復興天守」で、鉄筋コンクリート造です。復元ではない建物ですが、復興天守の中でも一番古いもので、昭和6年の竣工。なお、今から20年ほど前に「平成の大改修」の工事がおこなわれました。

 

そして今回話題の名古屋城は「復元天守」のなかの「外観復元天守」。これも鉄筋コンクリート造で、昭和34年竣工です。その老朽化、経年劣化への抜本的な対策として今回の木造再建案が出てきたというわけ。

 

では、昭和34年時点で復元が出来た、即ち元の資料があったのに、なぜ名古屋城は鉄筋コンクリート造でつくられたのか?実はそれは、当時の建築基準法が木造再建を認めなかったから。びっくりですね。

 

その時代を経て、平成に入りようやく「木造再建」への道が開かれてきた。建築基準法適用除外、消防法特例などの特別措置が講じられるようになり、平成6年の掛川城から「木造復元天守」が実現しています。

 

今回はこういう流れをふまえ、かつ復元が可能である名古屋城の「木造再建」なのですね。しかし、私は記事を読んで率直にこう感じました。「なんで2度目の再建になるようなことを最初からやるのか」と。

 

ほんの半世紀でまた再建しないといけない、そんな城があってよいものでしょうか。資源の無駄遣いも甚だしい。建築基準法など無い時代からある城郭を再建するのに、基準法に無理やりはめ込んでどうする。

 

なんというか、こういう変に真面目なところというか、「皆一律に」という考え方というか、それは日本人の悪い癖ですね。平成の世になってようやく「法で縛れないもの」の大切さに気づいたとは。

 

まあ私が文句を言っても仕方ないのですが、やはりその根っこには「ロングライフ」への無関心があると感じます。城郭を再建するのなら、そこから未来永劫もたせるくらいの意気込みでつくるべきですよね。

 

今回の再建費は450億円以上と言います。すごい額ですし、今度こそこれを無駄にしてはいけません。建築技術の進歩も著しい現代の城郭、永く永く生き続けるものとして建築されることを大いに望むものです。


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