理解と熟成

『術語集 ~気になることば~』   中村雄二郎 著   岩波新書

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

久しぶりに、哲学関係の本を読みました。哲学者・中村雄二郎の著作は『臨床の知とは何か』を読んだのが確か30代、そこからとんとご無沙汰でしたが、本書はそれよりも前の著作。今回はタイトル買いでした。

 

「じゅつご」と耳で聞くと、つい「主語と述語」の述語を思い浮かべますが、こちらの「術語」は意味が違います。本来は「学術上、特に定義して使う専門語。テクニカル ターム」という意味ですね。

 

最初に、ここでの「術語」とは「現実や世界を読み解いていくためのキー・ワード」とあります。著者がそうした重要なキーワードとみなす言葉が40、各5ページを使って語られるという私家版辞典のような本。

 

長くなりますが、40個を並べてみましょう。

アイデンティティ/遊び/アナロギア/暗黙知/異常/エロス/エントロピー/仮面/記号/狂気/共同主観/劇場国家/交換/構造論/コスモロジー/子供/コモン・センス/差異/女性原理/身体/神話/スケープ・ゴート/制度/聖なるもの/ダブル・バインド/通過儀礼/道化/都市/トポス/パトス/パフォーマンス/パラダイム/プラクシス/分裂病/弁証法/暴力/病い/臨床の知/レトリック/ロゴス中心主義

 

いかにも哲学っぽいですね。無論これで書かれた内容はわかりせんが、1984年初版のこの本を手にとって目次を見た時、何だか懐かしい気分になりました。それは実は、私のかつての読書遍歴と関係しています。

 

というのは、20代から30代にかけて、いわゆる「現代思想」という括りの本を色々と読んでいた時期があるんです。社会人になって読書の幅が広がり、そういう「思想」というジャンルに手を染めてみた頃。

 

哲学、言語学、心理学といったジャンルの本たちを、各出版社の「新書」で色々読みましたが、正直言ってどれも非常に難解でしたね。頑張って読み終えはしたけど、とても理解できたとは言えなかったなあ。

 

でも、それらの中に上記のような「術語」が散りばめられてあったことは、頭に残っていたのでしょう。そしてまた、フッサール、ハイデガー、ソシュール、フロイト、ユングなど錚々たる人物たちの名も。

 

「気になる言葉」が気になって衝動買いのように入手した本は、かつて自分が苦行のような読書をしていた頃の、あの難しい言葉たちの本だった。わからぬままに一所懸命読んだ自分を懐かしく想い出しました。

 

そして読み始めた本書、各項目は5ページと短くても、やはりかなり圧縮された感じの高度な文章で、とても読みやすいとは言えません。しかし、かつてのような取っ付きにくさは感じずに済みましたね。

 

それはやはり、頭から「?」をいっぱい飛び出させながら読んでいた若い頃の読書から、何かしら私の中に蓄積されたものがあったということなのでしょう。それは書かれた知識もそうですし、読解力という力も。

 

当時読んだ現代思想の内容が私の人生にどう影響したか、具体例はとても挙げられません。でも例えば「記号」というキーワードだけみても、少しでも知っているかどうかで物事の認識の仕方は違っていたはず。

 

そういうことを、50歳になってもう一度同じような本を手にとることで、思いがけず感じることが出来たのでした。あ、頑張って読んでたのは無駄じゃなかったんやなあ、と。これは大きな収穫でした。

 

「若い時の苦労は買ってでもせよ」という言葉がありますが、それは読書においても言えることですね。そこから必ず、自分の中に蓄積されて時間とともに熟成する「知」がある。自分でわからずとも、必ずある。

 

その時に理解は出来ていなくても、読むことで得るもの、自分の身になっているもの、その存在を感じられた一冊でした。万人にお薦めは出来ませんが、私と同様の経験をおもちのかたには、是非。


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