江戸の暗部

『無宿人別帳(むしゅくにんべつちょう)』   松本清張 著   文春文庫

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

つ、ついに松本清張に手を染めてしまいました(笑)。本書は古本書店で偶然見つけたもので、実は氏が時代小説を書いているということすら知らなかったのでした。政治小説の人かという思い込みで。

 

そして、タイトルにある「無宿」という言葉に惹かれてゲット。私は江戸に興味があるので、その言葉を知っていたんです。「無宿」とは、今の言い方で表現すると「戸籍に載っていない人間」のこと。

 

そして「人別帳」というのは、その「戸籍台帳」のような意味の言葉です。無宿の人別帳?ちょっと矛盾するようなタイトルだと感じましたが、内容を見ると、それは無宿者を題材にした十篇の短編集でした。

 

裏表紙にはこう書かれています。「人別書きを持たずに故郷を出奔した者に就く職はない。無宿者は江戸制度の谷間であった」と。無宿者は、身分制度上の被差別民である非人とはまた違った被差別民でした。

 

その多くは、飢饉などで年貢が納められず、村から逃散した農民たちだったといいます。そして無宿者は江戸へ出てきても就職が出来ず、結果犯罪予備軍となった。本書はそれら苦悩する者たちを描いた物語です。

 

時代劇でもよく聞かれる言葉、「伝馬町の牢屋」、「八丈島送り」、「佐渡の金山送り」、それらがここでの物語の舞台になっていて、どこにおいても非常に厳しい、生き地獄に近い日々が克明に描かれます。

 

そして男たちはその不合理を嘆き、自由と公正を求めて脱走を試みるものも出てくる。各話それぞれに、そんな己の運命からの脱出を渇望する人間の姿がリアルに迫ってくる。時に読むのがつらいほどでした。

 

はじめて読む松本清張、その話の進め方や結末の形など独特のスタイルも愉しめましたが、何より感じたのは、こういう切り口の作品集の価値です。社会の暗部を記述することもまた、文学の大きな意味ですから。

 

そしてもうひとつ感じるのは、社会からあぶれてしまった人間が地方から大都市に集ってくるという江戸の状況は、全く他人事ではなく、現代のこの国が抱える諸問題と大きく通じるものがある、ということ。

 

現代社会における失業、貧困、格差、ホームレスなどの問題に、本書に描かれた江戸の闇の部分は大いに訴えるものをもっている。そしてテレビの時代劇には出てこないその実情は、もっと知られるべきでしょう。

 

本書は60年近く前、1958年発表のものです。題材が古すぎて逆に古びないのが時代小説のよい点ですが、それだけでなく、前時代の陰惨な実情から現代を逆照射するという意義も併せもった一冊だと感じました。

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