町から緑へ

gosho

 

ご愛読、ありがとうございます。

 

梅の花がいま美しい、というので、京都御苑に行ってきました。花も楽しんできましたが、あらためてその広さ、歴史を感じさせる佇まいに感心しましたので、今日は、我々関西人も知っているようで知らない、御苑のことを少し書こうと思います。

 

そもそも、「京都御苑」という言い方をあまりしないですね。特に京都の方は、この御苑のことを指して「御所」と呼んでいる方がほとんどだと思います。御所すなわち、皇居です。

 

その呼び名の通り、ここは天皇がおわす場所だったわけですが、現在の京都御苑は「京都御所」と「仙洞御所」を囲む公園になっています。画像はその航空写真。その規模は東西約700m、南北約1300m、約65ヘクタールという広大なものです。

 

しかし、江戸時代までのここは、宮家、公家の邸宅が建ち並ぶ、お上のお膝元の町だったといいます。それが、一体どのようにして公園へと姿を変えたのか。

 

その昔、平安京における内裏(だいり:皇居)は今の京都御所よりももっと西にあったそうです。それが火災に遭い、西暦1331年に光厳天皇がここで即位されて以来、御所とされたものなのですね。1392年に南北朝が統一されて以降、明治に至るまでの約500年間はここが皇居であり、その周辺に宮家や公家の邸宅が集められ、200もの屋敷が建ち並ぶ公家町を形成していきました。

 

その後、1869年(明治2年)に東京への遷都がおこなわれ、それに伴って多くの公家達も東京に移住したことで、この公家町は急速に荒れ果てていったのだとか。そして、その様子を哀しんだ明治天皇の命により、皇宮付属地としての御所保存と周辺整備が始まったそうです。

 

御所への火災延焼を防ぐため、荒れた空き家となってしまった公家屋敷を撤去し、整備したことから、この広大な「緑の空地」がつくられていったというわけです。なるほど、御所保存と維持管理のための措置から生まれたものだったんですね。

 

そして、戦後その整備地が国民公園として開放されたものが、現在の京都御苑なのです。それは、同じく皇室苑地であった東京の新宿御苑、皇居外苑と合わせてのことでした。

 

もちろん現在でも、御所そのものや周辺の歴史ある遺構は、大切に守られています。京都府警や皇宮警察による見回りもあり、御所の塀に近づくだけでセンサーによる探知がはたらくそうですよ。

 

5万本の樹木を擁し、100種類もの野鳥が生息するという都市の「緑のオアシス」でありながら、御所の前庭でもある御苑。そこは今でもやはり、京都の中心といえる場所なのですね。5月の葵祭、10月の時代祭も、ここがその出発点なのです。

 

その由緒ある道のりをあらためて知ると、他に得難い場所であることに感じ入りますね。またその広さ、その自然、その歴史を体感しに行こうと思います。

 

※ちなみに、遠方から京都御苑にご来訪の際は、春と秋にある御所の一般公開を狙うとよろしいかと存じます。


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